化粧品の広告写真、女性誌を飾る表紙の写真…富田眞光氏は日本のビューティー写真の第一人者として走り続けるフロントランナーだ。その美意識を追求した写真表現はもとより、まだまだフィルム全盛だった2000年頃からいち早くデジタルワークフローを確立し、メディアとしての写真へのアプローチも一歩先を行く。フェーズワンのデジタルバックの初期ユーザーの一人でもある富田氏に、中判デジタルカメラ.JPのインタビュー第一弾にご登場いただいた。
●デジタルカメラ導入前夜
−−富田さんはフィルムの時代からビューティー写真家の第一人者としてご活躍ですが、アナログからデジタルに移行が始まったこの写真の変革期において、最初にお使いになったデジタルカメラは何ですか?
富田 最初はハッセルのH1システムにフェーズワンのデジタルバック「P25」を付けました。P25はマミヤのRZ67に組んで使うカメラマンも多かったのですが、やはりデジタル仕様のボディ、デジタル仕様のレンズで使った方がいいので、ボディはH1を選びました。でもマミヤ67で組んで使っていた人の方がトラブルは少なかったようですね。
プロの使い方は過酷なので、トラブルが起こるは当然なのですが、フェーズワンは他社に比べたら画質がきれいなんです。きれいじゃなければ使う意味がないですから、やはり最高のもので撮らないと。そういう意味でフェーズワンを選ぶことに何の迷いもなかったです。
−−H1システムを選ばれたのは、レンズのこだわりですか。
富田 むしろボディのこだわりですね。H1はデジタル仕様の内面反射防止がきちんとしていて、それとオートフォーカスがあったということです。マミヤですと6x7に対してP25の645サイズのCCDセンサーでは小さいので、やはり見づらいんです。それだったらH1できちんと正像で見えた方がよいという判断でした。
−−P25は具体的にどの辺が気に入って選ばれたのでしょうか。
富田 いくつかのデジタルバックを試したのですが、P25は、プロファイルを「プロダクトフラッシュ」に設定するとそれだけが、唯一素晴らしい色を出していました。他社のデジタルバックは、画像がグレーの印象で彩度をあまり感じなかったんです。「P25」と「プロダクトフラッシュ」の組み合わせは派手で彩度が高かった。
私は化粧品やビューティー系の撮影が多いのですが、他のデジタルバックはモデルさんの顔を撮影すると、血色が悪い感じになってしまう。でも「P25」に「プロダクト・フラッシュ」のプロファイルを当てはめると、化粧品栄えすると言いますか、非常に良い感じの発色が得られたのです。ですから当時は「P25&プロダクトフラッシュ」を基準にして、それに合わせてライティングなど全部組んでいました。
−−ちなみにデジタルバックを使う前、フイルム時代はどんな機材をお使いだったのでしょうか。
富田 ほとんど全種類使っていましたね。ペンタックス、マミヤ、ニコン…でもスタジオでの基本はRZ67でした。ロケのときはペンタックスの67、645を使っていました。4×5や8×10もクライアントの要望に応じて使っていました。
−−P25は2004年発表ですから、もう8年前になりますが、それ以前からデジタルへの移行を進められていたのですか?
富田 P25は2005年に導入しました。その前はコダックのDCSを使いました。当時出ていたデジタルカメラは一通りチェックしましたが、フェーズワンは断トツに良かったですね。
●フイルムスキャン時代に培ったレタッチのノウハウ
−−富田さんは、フィルムから中判デジタルへの移行はかなり早いほうですね。それは何かお考えがあったのですか?
富田 話は少し遡りますが、2000年頃、雑誌の「VOGUE」のビューティーショットで、すごく高度なレタッチが入った写真を見たのです。それを見たときに、もう、これは自分の持っている今のフィルムの技術では絶対にできない表現だとすぐに分かったんです。特に肌の質感など、デジタルでレタッチしないと実現できない。それをなんとかしたいという思いがデジタルに向かったきっかけですね。
−−「VOGUE」のビューティショットはデジタルカメラの写真だったわけですか。
富田 いや、その写真はフィルムをスキャンしたデータでしたが、ようするにデジタルデータでなければ、こういったレタッチは絶対にできないわけです。それが分かったので、さっそくデジタル技術やレタッチ技術の勉強を始めました。
当時は誰も教えてくれる人がいなかったので、アシスタントと一緒に、鬼のような執念で、肌の表現に関する独自のレタッチ手法を作り上げたのです(笑)。その頃は顔1つ仕上げるのに、レタッチ会社にフルレタッチでお願いすると30万円くらい掛かって大変だったんです。そこでカラーエンジニアリングに10万円分だけお願いして、社内でその工程を予測して解析しました。解説書はなく、レタッチャーもいませんでしたから、Photoshop4.0であれこれ勉強しました。Photoshopにレイヤー機能がようやく搭載された頃ですね。そしてMacもG4が出てきて実用的な速度でレタッチを行えるようになったので、仕事でレタッチを本格的に始めました。
まだデジタルカメラは普及していませんでしたから、デジタルデータはすべてフィルムスキャンでした。その頃から6x7のフィルムを大日本印刷さんのドラムスキャナでCMYKのデジタルデータにしてもらって、それをウチで画像処理して納品というワークフローに入っていきました。色見本の確認用にスタジオにCMYKのピクトログラフィのプリンタも導入しました。
ドラムスキャナの出力は印刷用のCMYKのデジタルデータですから、色はもう調整する必要がなくて、肌のレタッチだけして、納品していました。その当時は誰もそんな方法で入稿していなかったですし、もうダントツにきれいな印刷でした。その手法で、ピークのときは毎月10誌くらいの表紙を撮っていました。競合誌の表紙を全部撮って怒られたこともありました(笑)。
そして、2004年頃からデジタルバックが出てきたので、フイルムスキャンではなく、デジタルカメラによる撮影に移行していきました。
●デジタルカメラの導入とライティングの変化
−−デジタルカメラの前に3、4年、フイルムスキャンによるレタッチの時代があったのですね。ではデジタルカメラになって移行はスムーズでしたか?
富田 いや、デジタルカメラになってからはむしろ苦労しましたね。モニターからプリンタまですべて、「i1Display」でカラーキャリブレーションを行って、色空間はAdobe RGBで合わせました。印刷所の指定の仕様に沿ってColorEdgeモニターを5000ケルビン、ガンマ2.2、カンデラ80に合わせるなど大変でしたけれど、印刷所からは、ウチのデータが世の中のカメラマンのデータの中で一番正しいですと喜ばれました。データとしてストライクゾーンに近いところに入っているので、色校の直しも手間が掛からなかったようです。
ただ、撮影のときはそのカンデラの設定だと、暗すぎて見栄えがしないので、クライアントの確認用としてはぜんぜんダメなんです。ですからスタジオでは撮った瞬間にクライアントに納得してもらえるような色調整をしています。ディスプレイもColorEdgeよりシネマディスプレイの方が見栄えが良く、クライアント向けの発色なんです。スタジオで撮っている時に見せるクライアント用はシネマ、印刷用の画像処理にはColorEdgeと使い分けています。
−−なるほど、そうやって富田さんが作り上げた女性の肌の質感、色の調子というのは、日本のビューティーのスタンダード、基準になりましたよね。
富田 そうですね、ノウハウは社内秘にしていたんですけれど、アシスタントたちが独立していくたびにノウハウが流出していきました(笑)。
−−2008年には東京・広尾にゴーシーズのデジタルイメージング部門としてレタッチの会社「Pygmalion(ピグマリオン)」も作られました。
富田 今レタッチの技術ってすごいんですよ。生写真とレタッチした写真ではあまりに違いすぎて、もうカメラマンにはできない世界なんです。それは自分でもよく分かっているので、早めにそれに対応しようと思いました。
そもそも私たちのスタジオでは、撮影時にレタッチ前提のデジタルデータに合わせてライティングをしています。おそらく普通のカメラマンではレタッチを想定したライティングはできないのではと思います。私たちは最初に導入した「P25&プロダクトフラッシュ」に合わせてライティングを組んで、そのデータでレタッチを行っていたという実績があるので、シャープネスや肌質がどうなるかなどの、フィニッシュの予測が付けられました。その経験則による積み重ねは財産ですね。
−−具体的にはどのようなライティングなんですか?
富田 ラチチュードの問題、肌感の出し方ですね。
−−16ビットのデジタルバックの特性をしっかり把握されているということですか。
富田 デジタルバックで撮っても黒はつぶれ、白は飛ぶんですけれど、それを何回かに分けて現像します。ハイライトを出した現像や、髪の毛のつぶれているところは明るく現像する。つまり現像で段階露光したようなデータを創って、それを1枚に合成していくわけです。そうすればファッションでもビューティーでも、肌の質感、洋服の質感、すべてのトーンが完璧なラチチュードの中に出るんです。
−−16ビット階調を現像工程でフルに引き出しているわけですね。
富田 ようするにフェーズワンの撮影データには、白飛び部分にも黒つぶれ部分にもちゃんと階調が残っているわけです。それを何回も現像することで、引き出しているということです。14ビットのデジタル一眼ですと、白とびや黒つぶれの部分のデータがない場合も多いので、ないものは引き出せないです。
−−14ビットと16ビットですと、階調表現に64倍の差がありますから、それが現像に生きてくるということですね。特に肌は微妙な違いが出やすいところですから。
富田 デジタルバックの画像も、P25当時は4×5のフイルムスキャンしたデータに比べるとまだまだでしたけれど、最近のP65やIQ180になると同等以上になってきましたね。
−−最新の「IQ180」は8,000万画素でデータ量は1コマで約100MBありますからね。
富田 P25以降、P45、P65、IQ140と使ってきましたが、IQ180になっても処理速度は変わらないですね。フルフレームなのできちんと見えているし、すごいです。現在は12コアのMacを使っているので、連結撮影時もサクサク動いています。ちなみにチャージは1.2秒間隔ですが、実際はもう少し早くシャッターが切れるようですね。
また、Pシリーズは使用時にトラブルも少なくなかったですけれど、IQ140以降、安定していて、フェーズワンの黄金期はこれから来るんだなと実感しました(笑)。
トラブルといえば、余談ですがFireWireのケーブルによるトラブルも少なくないので、ユーザーにはちゃんとしたケーブルを利用されることをお勧めします。ケーブルにもかなりグレードの差がありますが、そこまで意識されるカメラマンは少ないようですが、ケーブル1本のトラブルで何百万円もするデジタルバックの価値を利用できなくなるのは、あまりにもったいないですからね。
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