・カメラマンにとっての3D CG基礎知識

・スチルカメラマンにとってのムービー撮影を考える

・プロカメラマンのための撮影データ管理術

・3ds Maxを用いた新時代写真術

・Capture One 徹底使いこなし術

・PCJライティング講座





カメラマンの世界でもデジタルデータ処理は当たり前の時代になったが、3D CGはどうだろう? 2Dではなく空間そのものをデジタルでイメージしていく写真家はまだ少数のように見受けられる。ここでは東京・渋谷にオフィスを構え、2Dツールはもちろん3D CGソフト「3ds Max」を駆使して、写真のさらなる高みを目指しているフォートンを訪ね、代表の甲斐彰氏やスタッフの方々に3D CGを用いた写真表現の必然性や方法論を聞いた


Part1:


何故写真の世界でも3D CGが必要になるのか!?




フォートン代表の甲斐彰氏

フォートン株式会社
http://foton.jp/

代表取締役
甲斐 彰
常務取締役/digital artisan
西山 慧
retoucher
林 俊之
producer
篠崎英之


●取材協力:オートデスク株式会社
http://www.autodesk.co.jp/




▲Personal Linksで制作した甲斐氏の初期の作品。「bee(ミツバチ)」「bee」は昆虫のフォルムを3DCGで再構築し、カメラでは通常ありえないローアングルから切り取っている(クリックで拡大)

▲Personal Linksで制作した甲斐氏の初期の作品。「mantis(カマキリ)」。「mantis」はLINKSのメタリックな質感を生かし、カマキリのボディに都市の夜景を映り込ませている(クリックで拡大)

▲こちらは3ds Maxで制作した作品「mosquito(カ)」。出番を待つ戦闘ロボットのようなファンタジックなイメージも感じる(クリックで拡大)




●23年前にデジタルの可能性をイメージした写真家、甲斐彰

−−まずはじめに、甲斐さんが新しい写真表現としてデジタルツールに注目したきっかけやフォートン設立の経緯、そして3ds Maxを利用するにいたった流れを振り返ってください。

甲斐:話して絵になるようなストーリーはあまりなくて、というのはマーケティング的に状況分析し、論理的に構築していったわけではなく、本当に気がついたらという感じで、インスピレーションに突き動かされただけなんです。ただ今と違ってデジタルと言っている人はほぼ皆無の状況でしたから、何故私がそういうインスピレーションを持ったのかは自分でも不思議です。最初にデジタルに興味を持ったのは1987年の頃だから、もう23年以上前になります。

−−Photoshopも出ていなかった頃ですね。

甲斐:出てないです。私はもともとアナログどっぷりのカメラマンでした。オーソドックスな写真で、モノクロは暗室で現像してという時代ですね。もろに銀塩系(笑)。だから昔の仲間からは裏切り者みたいに「なぜ銀塩止めるんだ」とけっこう言われましたね。「デジタルなんか写真じゃない!」と、今でもまだそういう風潮は一部には残っていますよね。

−−今でこそほとんどのカメラマンがデジタルカメラを利用していますが、写真は映像の世界とはまた別で、アナログのメタファー的な使い方が根強く、積極的なデジタルワークまで踏み込んでいない気がします。甲斐さんはかなり先行していろいろなことをされましたね。

甲斐:私は基本的に、デジタルツールやテクノロジーに出合ってから発想していったわけではありません。やがて写真は劇的に進化を始め、写真表現はレンズの光学的な制約やフィルムの化学的な制約からも解放されるだろうと最初に思ったのです。だから、ハードやソフトが開発されるよりずっと前からその日のためにイメージを作り続けていたし、開発を待ち望んでいた。そして開発にアドバイスもしてきたのです。

そもそも写真を取り巻く状況がものすごく不思議だった。例えば飛行機はこの100年間にライト兄弟の飛行機から格段に進化しました。ところが写真は、ツールだけは進化しましたが、写真表現は100年前からほとんど進化していないのです。

写真をずっとやってきて、イメージを写真にするには制約が多すぎると感じていました。そんなとき、手の中でペラペラのカードに”写真”が動いているという強いインスピレーションを得たのです。それが23年ぐらい前。ものすごくリアルでしたね。

−−手の中で写真が動くというのは、それこそ今のiPhoneのような感覚ですね。

甲斐:いや、もっと薄いもので、クレジットカードみたいな感じです。23年前ですと、みんな「甲斐はとうとうおかしくなったか」と(笑)。

写真は必ずこうなるというのが私の中でものすごくリアルに見えていたから、すぐにリサーチを始めました。まず世の中にそれに近いものがあるのか、印刷機器メーカーにプレゼンテーションしました。皆さんキョトンとしている、というより胸の内はブーイングだったと思いますが、キーマンが「なんだか分からないけど面白いかもしれない」と言ってくれたんです。その一言から歴史が動き出したと言っていいと思います。それから、現在に至るまでインスピレーションや偶然性など不思議なことの連続でしたね。


●23年前のシステム構築

−−当時はデジタル写真といっても、システムを揃えるのも容易ではないですね。

甲斐:投資はせいぜい500万円かなと、だったら勝負してみようと考えていました。そこで2年くらいリサーチを続けているうちに「1億超えたぞ」みたいな話になってきて(笑)。

西山:例えばポジフィルムの出力機、フィルムレコーダーですね。当時の試作機で、世間にまだ全然出ていない製品でした。ハワイの夕焼けのようなすごくきれいな写真を4×5のポジフィルムに出力できて、「これだ」と思ったら4,000万円したんですね(笑)。

甲斐:それでフィルムレコーダーはいいけれど、その上流の画像処理システムやスキャナはどうするんだということになって。スキャナはイギリスの製品、処理は別メーカーのシステムを使おうと考えましたが、各社が情報を開示していないので、3つの製品をつなげることがほぼ絶望的だったんです。

最終的に、各社が「フォートンのために情報を開示していい」と言ってくれ、ようやく実験が始まった。ですが実験しても、なかなかクオリティが上がらず「こんなんじゃ写真じゃない。これじゃ革命は起こらない!」みたいな状況がしばらく続きましたね。

−−何が問題だったのでしょう? 解像度や処理速度ですか?

甲斐:それ以外にもいろいろな局面で問題はたくさんありました(笑)。ただ我々も引き返せなくなってきていて、出力機から逆算してシステムの再構築を検討したところ、結局同一メーカーで構築するのが唯一の解決策だと分かったのです。最終的にはもう印刷会社みたいな感じで、2億円近くかかりました。

西山:当時の社内は、ものすごい音で回っている銀行の計算センターみたいな30MバイトのMT(マグネットテープ)をはじめ、大人2人がかりでようやく持ち上がる500Mバイトのハードディスクなど、洋服タンスが8個分のシステムで一杯でしたね。総重量何トンという感じで、ビルの重量制限をどうクリアするかが大変でした。(笑)。



話を伺ったフォートンのスタッフ各氏。左から西山慧氏、甲斐氏、林俊之氏、篠崎英之氏

●デジタルはレンズとフィルムを超えた

−−システム構築も大変な作業だったと思いますが、そもそも「こういう絵を作りたい」というデジタルならではのイメージはどういったものをお持ちだったのでしょうか。

甲斐:私の写真的なイメージは空想、幻想、妄想といった類のものに原点があります。それらを写真的に表現しようとするのですが、写真はレンズという光学的な制約とフィルムという化学的な制約、この2つの制約のダブっているところでしか表現が許されないんですよね。そこに写真表現者がよくおとなしく留まっているなと。とにかく、私はそこから出たかった。

−−レンズとフィルムから出たかった。

甲斐:そうそう。よく「写真は真実だから」と言いますけど、私は当時から写真は真実なんかではないというのは見抜いていました。今でも「写真は真実だ」というのが、まだ常識ではあるんですけど、私は「どうして2次元のこの薄っぺらな中に世界が収まるのか」とずっと言い続けています。これまで写真は一度たりとも真実など記録したことはなかったし、これからもない。ただ光学的な2次元の記録として事象を定着してきたことは確かですが。光学的な事実は写りますが、真実は意識の中だけに存在するもので、これまでの技法では写らない。私は事実よりも真実を被写体に選んだのです。そして必然的にレンズやフィルムの制約から抜け出ることになりました。

西山:1990年頃、甲斐の初期のデジタル作品で、富士山が爆発するシーンと恐竜を作りました。その後『ジュラシック・パーク』が出てきたときに「ああ」という感じでした(笑)。当時は当然2次元処理でしたけど、爬虫類の皮膚の写真を素材にして恐竜を作りました。それを当時の「高度画像処理学会」に発表したら、みんな「わあっ」という感じで驚かれました。

甲斐:これが私にとっての写真なんですよ。レンズの制約も化学的な制約も何もかもとっぱらって「夢はそのまま写真になる」というのがキャッチフレーズでした。いや、今でもそうですが、それにはデジタルテクノロジーは非常に有効なツールだった、ということです。


●3D CGの時代もライティングが命

−−甲斐さん個人の作品作りをきっかけにフォートンは生まれ、そしてデジタル写真制作のプロダクションとしての機能を拡大しつつ現在に至っているわけですね。3D CGや3ds Maxとの出合いはどうですか。

甲斐:創業当時の企画書に「写真はこれから孵化し、絵画や3D CGと融合し、やがては動くようになるだろう」と書いたのですが、2Dで仕事をしていれば3D CGにもごく自然に出合いますよね。そういうわけで3D CGの導入もかなり早かったですね。最初はPersonal LINKSからはじめて、やがて3ds Maxを利用し始めました。もう10数年前です。

LINKSは、そのメタリックな表現にすごく惚れて、これはすぐ自分の表現に使いたいと思って導入しました。ところが操作がやたらと複雑だったんですけど、どうしてもこの質感は欲しいということで、ある時期ずっとLINKSで作品を作っていました。その後3ds Maxが出てきたのですが、当時、周りはみんな「Maya」と言っていましたね。だからMayaも一応チェックはしたんですけど、最後は、私の勘で「いや、これからはMaxだ」って言って(笑)。いろいろな人から「どうしてMaxなんですか?」ってずいぶん言われた。でも私は「これからはMaxなんだ」って言い切っていた。

−−カメラマンの中には2Dはともかく、3D CGまで意識していない方も多いと思うのですが、甲斐さんとしては「もっとこっちに来ればいいのに」という感想をお持ちですか。

甲斐:閉じた世界の人たちに呼びかけている感じはします。皆さんレンズとフィルムにより構成されるものこそが写真なんだ、と洗脳されている感じがします。無理に説得してもだめなんですね。魅力ある作品を見せることだけが洗脳を解くことができるのだと思います。

多くのカメラマンは、レンズを通して見た世界と自分が見ている世界とが同一だと思い込んでいるようですね。ところが人間の意識というのは、カメラみたいに物理的に見ているわけではなくて、いろいろな意識のフィルターを通して世界を再構築しているわけです。

これは音に置き換えてみるとすぐに分かります。人はマイクで録音するように等しく周囲の音を聞いているわけではなく、意識の中で興味のある音にフォーカスして聞いているんです。ビジュアルも同じでレンズのように目の前の事象を等しく見ているわけではないんです。私はデジタルテクノロジーと写真との出合いは、それまでの写真史150年の洗脳から解き放たれるきっかけになると予言しました。写真表現とデジタルテクノロジーとの出合いは、写真史的には歴史的な大転換だと思います。

ところが、単純にフィルム代がかからなくていいよね、印刷の工程が短くて合理的だよねという、生産の合理化だけがピックアップされてしまって、歴史的な写真表現とデジタルテクノロジーとの出合いに、メディアも含めて誰も目を向けてこなかった。

−−スチルカメラマンの意識は、保守的なのかもしれません。

甲斐:例えば、物撮りの世界は今、被写体を撮影した後で、さらに2Dソフトでフィニッシュしていく方法が主流ですけど、これが今後おそらく大半は3D CGになってしまうだろうと予測しています。

どうしてかと言うと、デジタルサイネージ時代には、印刷の時代と違って写真にもインタラクティブ性を求められるようになるからです。例えば製品写真も斜め上からの一般的なアングルのカットだけではなく、これからは裏側も含めたさまざまなアングルの写真が必要になってくるんですね。それらをインタラクティブに動かすには写真では不可能で、3D CGで作るしか方法がないんです。

時代がインタラクティブなシステムベースになってくると、写真も3D CGで仕込まないとニーズに応えられなくなってくる。だから「スチールライフフォトグラフ」は今後あっという間に3D CGになると思っています。

−−その場合、カメラマンにモデリングのスキルまで求められるのですか。

甲斐:カメラマンがモデリングを行う必要性は少ないと思います。クルマのような大きなモノはメーカーがモデリングデータを用意しますし、コップなどの場合は今は3Dスキャナなどで手軽に取り込めるようになりました。そして2Dレタッチャーと同様に3Dモデラーという専門職が誕生してくるでしょう。現状でも広告の世界では、一流のカメラマンはレタッチャーとパートナーを組んでいるし、そこに3D CGやモーションのスペシャリストが加わり、共同作業というのが普通になってくると思います。ただカメラマンでもその辺りで新たな才能を発揮してくる人が登場してくるのは間違いないでしょう。3ds Maxなどはそのために必要不可欠なツールとなります。

3D CGにおいても、大切なのはライティングですね。ライティングはカメラマンの重要な役割だと思っています。画面構成に関してもやはりカメラマンの本領を発揮するところでしょう。そして全体のクオリティコントロールをしていくのがこれからのカメラマンに求められる役割と才能だと思います。「ディテールに神が宿る」じゃないですけど、ディテールに人々は惹きつけれらるんですよね。だからこれからの3D CGには写真以上のクオリティが求められると思います。

−−デジタルになってもディテールに神は宿るのですね。

甲斐:その質問にはデジタルはアナログより低いものだという意識が垣間見えますね(笑)。むしろ全然逆で、デジタルの表現領域は銀塩をはるかに超えているんですよ。神が宿るとしたら、アナログ時代には見たことがないディテールの世界を表現したときでしょう。人類が肉眼では、いまだかつて見たことがない脳内宇宙を、今のクリエイターは自分のデスク上で脳内から引き出すことができるんです。これってSF映画のようだと思いませんか。

−−ありがとうございました。3ds Maxの具体的な利用法に関しては、Part2以降でお話いただければと思います。



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