このコラムでは、毎回1人のデザイナーに旬のデザインを見せていただき、その作品作りのきっかけ、コンセプト、世界観、制作テクニックなどを語っていただきます。リレーコラムですので、掲載クリエイターには次の方にバトンを渡していただきます。
平野聡子(baby toi代表):映像ディレクターを経て、出産後「パパ・ママの気持ちをちょっぴり軽くする」ブランド baby toi を立ち上げる。
http://baby.to-i.net/
http://babytoi.net/service/
ママのクリエイティブ&デザインを軸に、赤ちゃんとの暮らしが楽しくなるアプリやワークショップ、映像、グッズなどジャンルを越えて企画・制作している。パリ発キッズファッション誌・Milk Japonの公式ブロガー。小さな子どもとの暮らし方や、子連れアートの楽しみ方を提案するアートブログ「アート・ミー!」連載中。
http://milkjapon.com/blog/hirano/
●出産後、とにかくテンパった
「核家族、保活失敗で退職、夫は仕事で毎日深夜帰宅、睡眠不足、慣れない育児のストレス……これが、ハイ詰んだ。ってやつか」
と、漠然と思いました。
電車やバス内での「ベビーカー畳むべきか畳まないで良いか」論争が巻き起こっていた当時。
たまたま入ったカフェで、グズった息子をあやしていたら「うるさい!」と怒鳴られたこともありました。
いつ泣き出すか分からない、時限爆弾のような小さな赤ちゃんと2人っきりのお出かけは、私にとって恐怖でしかありませんでした。
●携帯電話に赤ちゃんをあやす機能がつけば…
当時、日本ではiPhoneが発売されたばかりでした。
まだアプリの概念は一般的ではありませんでしたが「加速度センサーがついているので、iPhoneの動きを感知して何やら新しいことができるらしいよ」という話を友人から聞いて「すごい未来感だな」とワクワクしていました。
そこで初めて「ママが常に持ち歩いてる携帯電話に、赤ちゃんをあやすガラガラの機能がつけば、お出かけ先でのとっさのギャン泣きに対応できるのでは…!」と思いつきました。
ただでさえ荷物の多いママバッグの中の、ギャン泣き対策用グッズ(おもちゃや絵本、お菓子、おしゃぶり等々)を忘れても安心、荷物も減らせる! そして「今、それがいちばん必要なのは、私だ!」と強く感じたのでした。
●突然ですが、話は20年ほど前に遡ります
18才の頃、地方の美大の入学式で学長が放った言葉の中に、私の耳にずっと残った台詞がありました。「デザインで世界は救えるか」。
当時は「大袈裟だなあ」と思っていました。世界は混沌としていて、問題は山積みで、救いようがない程めちゃくちゃに見えていましたし(それは2016年の現在も大して変わりませんが)デザインひとつでどうこうなるような問題なんて、もともと大した問題じゃないでしょ。そもそも世界を救うなんて、ヒーローじゃあるまいし。と。
●少なくとも、お母さんは救える
しかし、このアプリをリリースして間もなく、驚くことが起こりました。
「本当に泣き止みました」「病院の待合室で使って、すごく助かりました!」「もう手放せません」・・・パパ・ママからのレビューが、世界中から届いたのです。
さらにその口コミが引き金となり、AP通信の記事で取り上げられ、アプリはまたたく間に世界中に拡がりました。
デザインで世界が救えるかどうかは、まだ分かりません。
でも、少なくとも「赤ちゃんが泣きやまなくて、1人でテンパっているお母さん」は救える。かつての私のように。そう実感させてくれる出来事でした。
●ひとりじゃない
このアプリはもちろん、私ひとりの力では産むことができませんでした。
モバイルのシステム開発・運営会社に勤めている友人、サウンドデザイナー、夫、アシスタントの女の子、息子、友人たち、たくさんの人の力を得て世に生まれてきた、とてもラッキーなアプリだったと思います。
「子育て」=「孤育て」をしていた当時の私は、このアプリ制作を通して「人・社会とのつながり」を感じることができて、一気に視界が拡がりました。
それらの経験は、現在の活動に生きています。
これからこのアプリを手にする新米ママには、アプリを通じて「ひとりじゃないよ」というメッセージを伝えることができたら、と思っています。
次回は水鳥雅文さんの予定です。
(2016年3月17日更新)