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リレーコラム
女子フォトグラファーの眼差し

本ページは、女性フォトグラファーの皆様によるリレーフォトコラムです。カジュアルなプライベートスナップから作品まで、仕事とも一味違う、リラックスしたパーソナルショットを拝見できればと思います。カメラはiPhoneなどスマホもOKです!

 

第40回

長谷川美祈

神奈川県在住。写真家。日本における子供や女性の社会問題に取り組みながら、母性愛とは何かを表現している。2014年にReview Santa Feの100人に選ばれた他、LensCulture Emerging Talents 2014 Top 50、Unseen Dummy Awardのファイナリスト、2016年にThe festival Lianzhou Foto(中国)で展示など。現在は「児童虐待」に関するプロジェクトを実行中であり、2017年11月に東京のReminders Photography Strongholdで企画展開催予定。
https://www.miki-hasegawa.com/

 


▲2017年1月。どのようなときに「生きている」ことを感じますか?
(iPhone 5sで撮影)
 


▲2017年1月。パパと遊び方が合わない
(iPhone 5sで撮影)
 


▲2017年1月。ファッションショーをする計画中
(iPhone 5sで撮影)
 


●見ようとしていない物語を視覚化する

娘を撮る。

娘が赤ちゃんの頃は、ただかわいいなと思う瞬間を撮っていた。幼児期になると、何を見ているのか? 何に興味があるのか? を知りたくて彼女の見ている物を撮った。

写真を撮ることで、私と娘は別の人間だと実感していく。当たり前のことだけど、なかなか気付くことができない。おしゃべりが上手になった頃から、私は彼女の話をよく聞くようになった。聞いてから撮る。

そうすると子ども像というものをいかに勝手に思い込んでいたのかが分かってくる。私の想像とは違うことに喜んだり、面白がったり、傷ついたりしている。彼女自身の物語を持っているのだ。

進行中のプロジェクトでも「おそらくこうだろう」とある程度の物語を予想して撮影に挑んでしまいがちだが、被写体の方の話を実際に聞くとその予想が覆される。私はこの瞬間が好きでもあり、苦しくもなる。

その人自身の物語を聞くということで自分と被写体の方との違いを思い知る。分かった気になっていた自分の傲慢さを嫌というほど思い知らされる。そして、決して本当には理解できないけれど、それでも理解しようとしてもがくことになる。

インターネットを通じ、多くの情報を簡単に目にするようになって、なんでも分かったような気になってしまっている。写真を表現手段として使うならば、目に見えていない、見ようとしていない物語を視覚化していきたいと思う。


それは、私自身も見ようとしてこなかった物語だからだ。


次回は鈴木麻弓さんです。
(2017年2月13日更新)


●連載「女子フォトグラファーの眼差し」のバックナンバー

 

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