●How much I love you.
マッチングアプリで出会った彼と付き合ってから4回目になる彼の誕生日に、彼を被写体にした手製本の写真集をあげた。今までのデートで撮りためてきたフィルムを現像しながら、彼に見せることを我慢していたのはこのためだ。
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▲How much I love you. 2021/2/16 Nikon FM3A (クリックで拡大) |
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好きな人が写っている写真を自分の好きなようにレイアウトするのは楽しくて、夢中で作業することが癒しの時間だった。彼からしたら自分の顔ばかりが並んでいる写真集を貰ったとして嬉しいのだろうか、という不安もよぎった。でも、ただ彼のことが好きだという想いを、自分なりのやり方で伝えたかった。
付き合いたての頃、アーティストである彼が「作品をつくることと告白することは似ている」と言っていたことを、今頃になってようやく分かった気がした。タイトルはそのまま「How much I love you.」と付けた。
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▲How much I love you.表紙 2021/8/31 Nikon FM3A (クリックで拡大) |
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誕生日当日、お祝い旅行で1日中はしゃぎ倒し、夕飯を食べてからホテルの部屋に戻ると彼は寝落ちてしまった。カバンに潜ませたまま渡しそびれたプレゼントを横目に、1人缶チューハイを呑みながら「月曜から夜ふかし」を見ていた。私はいつも大事なタイミングを逃す(トランプの大富豪でも8とか2が手札に残ったまま負ける)。
ちなみに、付き合った当初から彼はデート中によく寝てしまう。それが放っておかれているように感じてよく喧嘩もしていたけど、それだけ一緒にいて安心感がある証拠だというのも分かる。寝ている彼を撮った写真が大量にあるので、これもいつか写真集にまとめようと思う。タイトルは「How much you are sleeping.」。
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▲How much I love you. 2021/8/9 OLYMPUS PEN-EE (クリックで拡大) |
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寝落ちていた彼が起きたタイミングで、プレゼントと一緒に写真集を渡した。喜んでじっくり見てくれたが、やはり疲れていたのかその後またすぐに寝てしまった。我ながら写真もシークエンスも自信作でたまにデータを見返したりしていたけど、やはり喜んでくれるか、どう思われるかは不安だった。自分が納得のいくものを渡せたことには満足したけれど、彼にとってはどうだったのかなと思い、それからは自然と写真集のデータは見返さなくなった。
そんな彼の誕生日から半年が経った頃、今となってはもう理由も忘れたけど大喧嘩をした。1週間くらい連絡を取り合わない冷却期間を経て、お互い落ち着いた頃に電話をして仲直りした。彼はその冷却期間中に親友を家に呼んで恋愛相談をしていたらしく、その時何気なく本棚にあった写真集を見せたところ、興味深そうに何回も見てくれた後に感想を述べてくれたという。
「最初はタイトル通り、”彼女がどれだけ君のことを好きか”という話に見えるんだけど、何回も見ているうちに”君がどれだけ彼女のことを好きか”、という風にも見えてくる」
親友がそう言っていたと聞いて、はっとした。電話を切った後、すぐにデータを見返した。そうか、こういうまなざしで見てくれていたのか。
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▲How much I love you. 2021/2/15 Nikon FM3A (クリックで拡大) |
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ただ彼のことが好きだという気持ちのまま「この時楽しかったな」「いい表情が撮れたな」と、自分の主観だけで写真を見ていた。「いい写真だな」と思っていた無意識下には「私に対してこういう表情をしてくれて、こんな瞬間を見せてくれて嬉しい」という気持ちもあったのだと思う。
好きなものは目で追ってしまう、ただ”見る”ということの喜びがある。それと同時に、好きな人から”見られる”という喜びもあった。
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▲How much I love you. 2021/2/16 Nikon FM3A (クリックで拡大) |
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二者、あるいはそれ以上の者の間で生まれる愛を見ることが好きだ。YouTubeで猫の動画を見るとき、「優しく猫を撫でる飼い主の手」と「その手に身をゆだねる猫」の間にあるものを見ている。互いへ向けられた眼差しが交わりあう瞬間の記録。それはきっと、「撮影者」対「被写体」、「主体」対「客体」という、不均衡な二項対立とは別のところにある。
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▲How much I love you. 2021/8/15 OLYMPUS PEN-EE (クリックで拡大) |
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愛おしい存在へ眼差しを向けること。
この瞬間と、この気持ちを忘れたくないと思うこと。
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▲How much I love you. 2021/9/14 Nikon FM3A (クリックで拡大) |
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私は、今この瞬間だけがすべてだと思い込み、目の前の感情に飲み込まれることがある。大事なことを忘れないために、写真を撮っていてよかったと思った。それが私と彼をつなぎ留めてくれると思うから。
次回は小財美香子さんです。
(2025年2月7日更新)
●連載「女子フォトグラファーの眼差し」のバックナンバー
第33回~
第1回~第32回
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