▲毎日、学校のトイレでサボります(2023年)。写真はすべてiPhone14 Proで撮影。(クリックで拡大) |
|
|
▲毎日出かける時、自分の足を撮ります(2023年)。(クリックで拡大) |
|
|
▲毎日、自宅の近くの小さな風景を撮ります(2022年)。(クリックで拡大) |
|
|
日々の生活に執着心を抱いている。
繰り返される行動、何度も使用され長く心に残るもの。これらは、私が時間と共に前進できることを意味する。
●20230612
Tさんと名付けた自転車のブレーキが壊れた。誰かに切られたのか、それとも何かに衝突して壊れたのか分からない。
梅雨の中、仕事は深夜が続き、Tさんに乗っていた。毎回家に着くのは午前3時過ぎで、もうTさんを拭く気分も体力も、乾いた雑巾もない。Tさんが錆びないか心配しながらも、Tさんの世話をするために実際的な行動はとらなかった。
結局、Tさんのチェーンは落ちず、ブレーキが先に壊れた。もし自転車が修理できなければ、夜遅くに仕事から1時間以上かけて雨の中を歩いて帰らなければならない。最近、殺人事件に関するポッドキャストの聞きすぎで、夜歩くのが怖い。タクシーを呼ぶと、雨の日には4,000円以上かかる。一晩で台無しだ。
下北沢に行ったら、とてもおしゃれな自転車の修理屋を見つけた。下北沢はどこもおしゃれだ。下北沢を選んだのは、夜の仕事から電車に乗って自転車で帰れるからだ。おしゃれな店主は1分で修理し、1,100円でいくつかの小さな部品を交換してくれた。
修理は一種の選択だ。 日常に戻る選択。修理は肯定であり、信頼であり、愛である。
●20240414
黒くんは今年で9歳、9年前の日本旅行で買った長い柄の傘だ。いろいろなところに置き忘れられ、何度も必死に戻って取り戻した。
壊れたこともある。 スイッチが壊れてしまい、中国の店を何度も尋ねたが、最終的に中国温州に送った。優しい店長さんが長い間探してくれて、合うスイッチを見つけて、60RMBで直してくれた。店の商品説明文には「意味ある傘が再び使われる」という謎の文句がある。大好き! (謎が好きで、それを書くのも好きだ)。
私が黒くんに費やした無駄な時間のおかげで、黒くんはとても貴重な存在になりました。
今は日本での修理代が、傘本体よりも高くつくのではないかと漠然と心配している。しかし、私は黒くんには確信を持っている。たとえ傘のパーツを全部取り替えたとしても、黒くんはまだ私の黒くんであり、黒くんはもはや単なる傘ではない。
少し前に雨漏りしたので、下北沢に持って行って、傘地蔵という修理専門店で修理してもらった。いつも下北沢! 傘地蔵のスローガンはもっと単純で「どんな傘も直せます」。
店主さんは医者のように診察し、処方箋を書いた。15日後には本当に治り、日常生活を取り戻した。値段を言うとき、私がどこまで気に入っているのか、長い間逡巡していた。
多くのものを買うとき、壊れたら修理して大事に長く使うのか、無頓着に使い、壊れたら捨てるのか、最初に考える。修理するか、新しいものを買うかを検討するときも同じだ。
人との付き合いも同じ、習慣に対する取り扱いも同じようだ。 毎日のルーチンに新しい習慣を加えると決めたり、新しい人に会ったりするには、かなりの決意が必要だ(私って強迫性障害かな?)。
次回は顧 夢さんです。
(2024年5月7日更新)
●連載「女子フォトグラファーの眼差し」のバックナンバー
第33回~
第1回~第32回
|