●とても曖昧でふわふわとした世界
クライアントの要望や、経済的・時間的な制約がある中で、「いい感じのレイアウト」や「ダイナミックな配置」などのテクニック、より良いコミニュケーションを…などなどデザイナーとして考えることは山ほどあるわけですが、結局のところ、私が行っているのは、文字やイメージなど「集めたものを並べる」ことだと思っています。
並べることで、新たな世界が立ち上がる。文字やイメージ、色や形はそれぞれが確固とした意味を持つわけではなく、他のものと結びついては離れ、また結びつく…コミュニケーションの裏側にはとても曖昧でふわふわとした世界が広がっている。そうした人間の知識や認知の境界をさまよいながら、日々デザインをしています。
デザインされた表面を超えて、それらを支えるこのふわふわした世界を改めて思い出させてくれるきっかけを与えてくれる、いくつかの作品を紹介します。
●ブルーノ・ムナーリの『ファンタジア』
「ファンタジア」とは、実用性はさておき、人が対象を見て「面白い」と感じるような感覚のことを指しています。一見するとそれらはどこか遠くからやってくるように思えますが、実際はすでに知っているもの同士の関係の中でしか築かれないものです。本書では、そうした感覚を生み出すための操作がいくつか紹介されていますが、基本的には物事を構成する複数の既知の要素を「交換」したり「増幅」したりすることが中心です。
・状況を逆転させる(ex. デュシャンの「泉」)
・部位の増殖(ex. 腕がたくさんあるインドの神の表象)
・視覚的類似(ex. 自転車のサドルとハンドルが組み合わされ「牛」と名付けられたピカソによる彫刻)
・色彩の交換(ex. マンレイの青く塗られたフランスパン)
・素材の交換(ex. ダリの柔らかい時計)
・場所の交換(ex. マジシャンの帽子から出てくる鳩)
・機能の交換(ex. ワインクーラーとしての甲冑)
・ディメンションの交換(キングコングや盆栽)
『ファンタジア』 ブルーノ・ムナーリ著、萱野有美訳(みすず書房)。(クリックで拡大) |
|
『ファンタジア』の中面。(クリックで拡大) |
●服部一成さんの『BETWEEN A AND B』という小さな本
エッフェル塔の置物、ガムテープ、果物ナイフ、パン、1ドル札、ライター、モンドリアンの本。事務所にあったありふれたオブジェを集め、それぞれのモノを出会わせ写真に撮る。淡々とした操作で作られていますが、実に劇的で、映画を見ているような感覚さえあります。
『BETWEEN A AND B』 書影は「アイデア」376号(誠文堂新光社)の付録。※展覧会は2002年。(クリックで拡大) |
|
『BETWEEN A AND B』の中面。(クリックで拡大) |
当然ながら言葉は並べるだけの操作でけっこう複雑なことを描けたりしますね。下は川合大祐さんの川柳です。ギリギリ成立する世界の緊張感がすごいです。
・鉛筆で描こう肉のないうどん
・エスパーが社史を編纂しない初夏
・(深層の(心理の中の(志村の)))し
──『リバーワールド』川合大祐著。書肆侃侃房より
●レーモンクノーの『文体練習』
「主人公がパリのバスで他の乗客に対し不快感を覚え、後に再会する」という単純な出来事を99通りの文体で書いた作品。こちらも主にテキスト主体ですが(写真のコラージュやダイアグラムもある)、デザインも同様でいくつもの可能性の中にある。日本語版デザインは仲條正義さん。
『文体練習』 レーモン・クノー著、朝比奈弘訳(朝日出版社)。(クリックで拡大) |
|
『文体練習』の中面。(クリックで拡大) |
●最後に、並べることの力を率直に感じられる事例を
クリスティン・メンデルツマの『PIG 05049』。オランダの農場で飼育された実際の豚「05049」の各部位がどこに送られてどのような製品になるかを追いかけたもの。
食用肉だけでなく石鹸や化粧品、カーボンレスペーパーや銃弾まで幅広い。1匹の豚を追いかけることで、我々が自明としている巨大な見えない環境に光をあてる。生物学的な豚ではなく産業の中の素材として扱われる豚が表現された造本も面白い。
『PIG 05049』 (Cristien Mendertsma)。(クリックで拡大) |
|
『PIG 05049』の中面。(クリックで拡大) |
(2024年11月14日更新) |