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神が潜むデザイン


第39回:忘れられない1枚の絵/古谷 萌


「神は細部に宿る」と言いますが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた作品を紹介していただくとともに、ご自身のこだわりを語っていただきます。リレーコラムですので、執筆者には次の方にバトンを渡していただきます。




Designer FILE 39

古谷 萌(ふるやもえ):アートディレククター/イラストレーター。1984年生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。株式会社電通を経て、2017年「Study and Design」設立。広告や商品開発などさまざまなデザイン制作を行う傍ら、自身のプロジェクトとして「vermilion」(2020年)と「POST POST CARD」(2023年)がある。 主な仕事に、仁井田本家「にいだしぜんしゅ」、東京書籍「新編 新しい理科」、東洋水産「マルちゃんクッタ」、淺沼組「GOOD CYCLE PROJECT」など。
https://www.studyand.design/

「神」を感じた作品がテーマということなので、私の人生の中で、脳裏に焼き付いて離れない、忘れることのできないビジュアルを紹介していきます。

●絵画を収集する


私がはじめて絵画というものを認識したのは、小学3年生の頃、広島のデパートの最上階で行われたエッシャー展を見たときのこと。隙間なく描かれる白人と黒人の壁画から人物が立体的に浮かび上がり、やがて出会い、手を取り合う。図案としても、メッセージとしても天才的な1枚の絵に圧倒されて、帰り際にポストカードを買ってもらい、自分の学習机の見えるところに飾っていました。


出会い(MC エッシャー)。SPICEより引用。(クリックでリンク)

 

それからも、デパートの催しとして開催される有名画家の展覧会に、たまに連れていってもらっては、気に入った絵のポストカードを買ってもらっていました。マグリットの「アルンハイムの領域」、フォロンの「群衆」など、お気に入りのポストカードは増えていきました。それらには、明快なアイデアと、受け手の想像力に委ねる余白があり、ずっと眺めていても退屈しないものでした。


アルンハイムの領域(ルネ・マグリット)。

群衆(ジャン=ミシェル・フォロン)。mutualartより引用。(クリックでリンク)。

手のひらサイズの作品たちを、自分の神さまのように、大切にポストカードホルダーの中に収集していたことを覚えています。

●思想を込める

斯くして、自分で絵を描くことも大好きだった私は、美術大学のデザイン学科に入学し、その後広告会社に入り、ポスターやイラストレーション、広告の世界に入門することになりました。

学生時代に出会ったポスターの中でもっとも忘れられない1枚は、福田繁雄さんの「VICTORY 1945」。これほど鮮やかな反戦の描き方があるだろうかと圧倒されました。単純明快でいて多角的な解釈が広がる。洗練されていながらパンク。いつ見ても、私に勇希をくれる1枚です。


VICTORY 1945年(福田繁雄)。三重県立美術館より引用。(クリックでリンク)
 

社会人になり、さまざまな過去の広告を学ぶ中で、涙が出るほど心を打たれたのは、アップルコンピュータの「Think different.」。デザイナーと呼ばれる人たちは、常に人と違うことを考える、新しい表現の追求者です。しかし人と違う考え方は、うまく伝わらなかったり、否定されたり、さまざまなレッテルを貼られることもしばしば。今でも打ちのめされそうになったとき、見返しては、自分を信じる力をもらいます。たった2単語の言葉が、企業の価値を表現するタグラインとなり、コピーライティングの重要性を知ることになったキャンペーンの1つです。

アップルコンピュータ「Think different.」。
 

●世の中を動かすデザイン

奇しくも私が社会人になって間もなくアップル社からiPhoneが発表されて、自分の制作領域である紙媒体や、広告自体の手法や存在意義が徐々に変わっていく時代に、デザイナーとして仕事を始めることになりました。

グラフィックデザインの奥深さを体感しながら、同時に静止画の無力さに戸惑う日々を送る中で、2008年のアメリカ大統領選に出馬したバラク・オバマ氏に賛同したシェパード・フェアリー氏がつくった「HOPE」ポスターには、グラフィックデザインの新しい可能性を感じました。アーティストの手で自主的に作られたこのビジュアルは、複製されて町中に張り巡らされ、人々の手に掲げられ、選挙結果にも大きく寄与しました。


HOPE(シェパード・フェアリー)。アマゾンより引用。(クリックでリンク)。

 

その7年後の2015年、日本でのSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)のデモ活動も、私にとっては目が離せないものでした。彼らの中には「デザイン班」が存在し、フライヤーやプラカードなどをつくり、コンビニのネットプリントで全国どこからでもプリントアウトできるようになっていて、それまでのデモ活動とは異なる印象をつくり、多くの学生、社会人を求心していったように思います。

国会前に集まり安保関連法案に反対の声をあげる人たち(SEALDs)。毎日新聞より引用。(クリックでリンク) 。

DON’T TRASH YOUR VOTE(SEALDs)。FASHIONSNAPより引用。(クリックでリンク) 。

●1枚の絵にできること

クライアントワークをたくさん手掛けることで、仕事での発想力や技術力は自分なりに上がっていきました。それとともに、自分にできること、自分が持つデザインの力でやるべきことはなんだろうと考える時間が増えていきました。

そんなモヤモヤと、2019年に起きた香港の民主化デモがトリガーとなり、このまま平気な顔をして翌年のオリンピックを迎えることはできないと思い「vermilion」という自主プロジェクトをスタートさせました。

vermilionは、社会のさまざまな事象に対する自分自身の思考・思想を、グラフィックワークを介して社会に発信するプロジェクト。作品の一部を紹介します。


2020年2月27日。小中高の臨時休校要請が発令された日にラフが浮かび制作。新型コロナウイルスにより、今までの便利で簡単な生活は突然切り取られ、自粛生活を余儀なくされた。当たり前にコンビニエンスな日々は、正しかったのだろうか。どこかへのしわ寄せを感じる生活について考えながら作り上げた。(クリックで拡大)

2020年を12月に振り返ったとき、ゴミ箱に捨ててしまいたいような1年だと思い制作。絵を進めていくうちに、ゴミ箱の中に入れたまま保存しておくべき1年だったのかもしれないと思い、タイトルを「忘れない。」とした。(クリックで拡大)


2021年10月14日。衆議院が解散した日から、投票に新しいキッカケを作る非公式選挙グッズのポップアップストア「Go To VOTE」を発表。いま行くべきはTRAVELでもEATでもなく、VOTEではないか。当時のGo Toキャンペーンに名前を重ねて、投票への参加を呼びかけた。(クリックで拡大)

「たった1票でも飛ぶかもよ」。投票を促すビジュアルを考えたとき、樽に剣を刺すオモチャが頭に浮かぶ。自分の1枚が、誰かを飛ばす、あるいは誰かを押し上げるかもしれない。このデザインのA1ポスターを選挙期間中に無料配布し、店舗や企業エントランスなど、さまざまな場所に掲出された。(クリックで拡大)


2022年2月24日。ロシアによる特別軍事作戦が発表され、事実上戦争が始まった。そしてプーチン政権の目論見通り、我々日本人にとってもこの戦争は日常の事実となった。ウクライナ市民がビール工場に集い、ビール瓶で大量の火炎瓶をつくるニュースが目に焼き付いた。人の生き方は、明日変わってしまうかもしれない。(クリックで拡大)

2022年3月1日。ウクライナ侵攻がはじまった5日後に制作。なぜとりあうのか。人の欲望でつくられた国境について考える。とりあわないで。というメッセージは、持っている側からの視点であることも承知しつつ。(クリックで拡大)

これらの作品は、展覧会、ポスター配布、ステッカーやTシャツ販売など、その時々の内容に合わせて発信しています。

●誰かの忘れられない1枚に

私が「神」を感じる作品は、「一生忘れることのできないもの」「時代に関係なく普遍性を感じるもの」、この2つを備えた存在。

グラフィックデザインの領域でこれを叶えることは至難かもしれないけれど、クライアントワークとは別に、人間や人間社会の本質を突く普遍的な1枚が作れたらと、日々考え、活動しています。それがもし、誰かの希望や原動力になったり、何かの抑止力になってくれたら。

動画メディアが支配的に拡張を続ける中で、グラフィックデザインは静かに、しかし1秒で人の心を捉え、複製され、ポストカードやステッカーや待受画面になり、それがこれからも誰かの忘れられない1枚になるかもしれない。そう信じて。

(2024年9月6日更新)

 

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