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神が潜むデザイン 第36回:偶発的グラフィックの取り込み/田中せり
「神は細部に宿る」と言いますが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた作品を紹介していただくとともに、ご自身のこだわりを語っていただきます。リレーコラムですので、執筆者には次の方にバトンを渡していただきます。
Designer FILE 36 田中せり(たなかせり):アートディレクター、グラフィックデザイナー。1987年茨城県生まれ。2010年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。普遍性と柔軟な展開性を両立したグラフィックデザインを軸に、企業のCI、VI開発や、美術、音楽等の領域のアートディレクションに携わる。主な仕事に、日本酒せんきん、小海町高原美術館、本屋青旗、AMBIENT KYOTOのロゴデザイン。森美術館「アナザーエナジー展」、DIC川村記念美術館「カラーフィールド」の宣伝美術など。また、写真による偶発性を扱ったパーソナルワークの発表も行う。2020年JAGDA新人賞、CANNES LIONS、NY ADCなど受賞。 https://seritanaka.com/ Instagram:@seri_tanaka
●エラーと仲良くしてみる 数年前に同世代のアートディレクターとグループ展をすることになった。社会人になってから10年ほど自主制作などしないまま仕事に没頭していた私は、制作のエンジンのかけ方が分からず路頭に迷い、とりあえず毎週金曜日に印刷会社のショウエイさんに通い、ゴールを設定しない実験をしてみることにした。 あるインクジェットプリンタの印刷準備工程が目に止まった。まず、平台のプリンタに紙を設置し、次に紙に触れるか触れないかの距離までインクの吹き出し口の高さを調節する。なぜ高さ調節が必要なのかというと、このプリンタは厚紙やアクリル、木の板などさまざまな厚みの媒体に対応しているため、インクの吹き出し口の高さ調節機能が付いている。その機能を見て、ふと「インクと紙の間に異物が入ったら何が起こるだろう」という興味にかられた。 プリントされたインクの中にフィジカルな糸や紐が定着されグラフィックの一部になっていたら面白いんじゃないか(かなり漠然とした興味だけれど)と思い、早速実験をすることにした。残念ながらインクによる糸の定着はほとんどせず、さらに入稿した写真や文字がぼやけて出力されてしまった。実験は失敗。だが、その印刷のぼやけが想定外のアウトプットとして現れて、私はその美しさに感激してしまった。 そうか、よく考えれば当たり前の結果。厚さ5mmほどの紐が挟まれていて、インクの吹き出し口と紙の間に距離が生まれるため、噴射されたインクの粒たちが定着できないまま5mm程の隙間でさまよい想定外の場所に定着してしまう。それによって、入稿した写真が羽毛のような、オイルペインティングのような、不思議な像に変化してアウトプットされていたのだ。 結果的にエラーから偶然生まれたこの手法でようやく私の制作のエンジンがかかり、無事に作品「粒をレイアウトしてみる」を作り始めることとなった。入稿までは私の役割で、どんな像が出力されるかはプリンタに委ねる、言ってみれば私とプリンタとのコラボレーションとも言える制作活動だったかもしれない。
マスキングテープによるドローイングの制作過程。(クリックで拡大)。
(2024年6月21日更新)