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神が潜むデザイン


第31回:何かに見えそうで見えない。/平野篤史


「神は細部に宿る」と言いますが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた作品を紹介していただくとともに、ご自身のこだわりを語っていただきます。リレーコラムですので、執筆者には次の方にバトンを渡していただきます。




Designer FILE 31

平野篤史:1978年神奈川生まれ。2003年多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科卒業。株式会社ドラフトを経て2016年、デザインスタジオ「AFFORDANCE inc.」を設立。グラフィックデザインを軸に、ブランディング、VI、CI計画、サイン計画、空間デザインなどを行っています。デジタルからアナログまで表現を問わず、スタディから生まれる、ユーモアや偶然性までも包括する奥行きのあるデザインを目指しています。また、半立体をテーマにAtsushi Hirano Semisolid Work「a measure of beauty」を制作。群馬県太田市の廃材を使ったプロダクトブランド「O BAKE PRODUCTS」も展開中。主な受賞歴:TDC賞、JAGDA新人賞、経済産業大臣賞、SDA賞、CSデザイン賞など。JAGDA、TDC会員。多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科准教授。
https://www.affordance.tokyo


●屋号は感覚の言語化

僕は、長年在籍させてもらった株式会社ドラフトを独立する際、どのような社名、屋号でやっていくか? かなり悩み、100案以上の候補を考えました。最初は法人より、個人事業主としてのスタートを考えていたので、自分の名前でもよいかとは思っていたのですが、せっかくなのでグラフィックデザインだけではない、もっと違う意識を持てないかとも考えていました。そこで名前に拘り、散々ノートに思いつく限りの名前を書き、類似はないか? 意味はどうか? などをネットで検索しては検討を繰り返していました。

なんとなく辿り着きたいイメージはありましたが、その意味を言葉に変換するたびに、もうすでにその名前は使われていました。そのような名前を付けておられる方々は、皆、僕が尊敬する方々の会社名だったりグループ名だったりし、「ああ方向性としては、やはり間違ってはいないのかな?」という確信めいた感情と、「もう使われているんだ」という残念な気持ちとで、一喜一憂していました。

例えば、僕は「涅槃」という言葉が好きで、これは、煩悩から解脱した不生不滅の境地のことです。釈迦の修行の最終形態だとされていますが、この英語表記は「Nirvana」です。言わずと知れた世界的グランジロックバンドの名前です。また、同じような言葉の意味で、「Enlightenment」という言葉もあります。意味としては、啓発、何かについてはっきりと理解すること。これも仏教用語から来ている言葉ですが、僕が学生の頃からの憧れである、ヒロ杉山さんの会社名です。もう1つ、半透明という言葉も自分の感覚として合っていると思って探した言葉が、英語表記の「semi-transparent」。こちらも田中良治さんの会社名でした。

この名前を考える行為は、自分が好きだと思う感覚を明確に言語化することにもつながりました。この世とあの世、白と黒というようにはっきりした状態ではなく、「中間的」などちらとも言えない、どこにも所属していない、曖昧な霧のかかったような状況。その感覚を改めて理解することにもつながりました。

探しに探し、なかなかしっくり来ない先に見つけた言葉が、今の会社の名前になっている「AFFORDANCE(アフォーダンス)」という言葉です。これはアメリカの知覚心理学者ジェームス・j・ギブソンが作った造語であり、アフォーダンスとは、ある物事が生物、動物に対して与える意味や価値のことを言います。いくつかの例え話があるのですが、一番分かりやすいのが、コップの取手の話です。取手がついていると、そこを無意識に取ろうとする行為が、知覚心理という物で、人に行動を促す要素であり、別に取手を掴みコップを持ち上げることを強要するわけでもありません。僕が、自分のデザインでやりたいと考えていた感覚値そのものでした。誘導はするが強制もしない。

●スタディ作業の先になんとも言えない形が

何かに見えそうで見えない。直近のご依頼いただいた案件で、そのことを体現できました。

「日本文教出版社・秀学社」。長く美術の教科書を作られてこられた会社のロゴマークを一新するプロジェクトです。日本文教出版社さん、秀学社さんの中でプロジェクトメンバーが集まり「心が動く、その先へ。」というパーパスが作られました。その中の「私たちの志」の文章を熟読し、社長はじめ、社員の方々にインタビューをさせていただき、大事なことをまとめていきました。

その想いをどのようなマークにすればよいか? さまざまな案を検討しましたが、なかなかうまくできません。パーパスの「私たちの志」の中に込められた「寄り添う事」「共有し認め合う事」「何かを与えすぎない事」をある特定の形にすると、どうしても説明的になってしまい、図像として単純になっていきます。

もっと感覚的に「心が動く」とはどういうことで、「その先へ」とは、どこまでを提示できればよいのか? 僕はスタッフとともに、もっとプリミティブな方法で形を生み出せないか? と考えました。

絵具を紙に垂らし、偶発的にできる形を作ってみたり、石ころを並べて写真を撮って使える形を追ってみたり、デジタルのPCの線で作る方法以外のことを徹底してやってみました。その中で、身体を使ってパフォーマンスのようなこともやってみました。なかば、苦し紛れだったかもしれません(笑)。

そしてようやく一番シンプルな状態に辿り着くことができました。それは、人の「手」に置き換えてみてはどうか? ということです。日本文教出版の愛称である「日文」という頭文字の「N」と「B」、秀学社の頭文字の「S」が、「手」に見えそうで「文字」にも見えそう、という中間的な形を目指しました。


「日本文教出版社のマーク」。(クリックで拡大)

「日本文教出版社のモーションロゴ」。(クリックでリンク)


「日本文教出版社のロゴ」。(クリックで拡大)
 



「秀学社のマーク」。(クリックで拡大)

「秀学社のモーションロゴ」。(クリックでリンク)


「秀学社のロゴ」。(クリックで拡大)
 

しかし、それも容易なことではなく、どちらかに偏ってしまってもよくないですし、説明的にはしたくないので、自分たちの手を撮影し、それを大きな曲線でトレースをしていき、どこまで抽象化できるか? を何度も試しました。そのようなスタディ作業の先に、なんとも言えない形が浮かび上がってきました。それは、僕の脳味噌の中から生まれた形でもなく、まるで土偶のような、底知れぬ面白さがあるように見えたのです。笑っているようで、無表情でありユーモアを感じる。それこそが、「その先」というまだ見ぬ未来に向けたメッセージにもつながるように思えました。

さまざまな検証を経てできた形ではありますが、ゴロッとした感じが、見る人にどうやってできたのか? の意図を感じさせないデザインになったと思っています。


(2023年12
月20日更新)

 

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