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神が潜むデザイン


第18回:ポカリスエット、40年続くデザイン/村上雅士


「神は細部に宿る」と言いますが、本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた作品を紹介していただくとともに、ご自身のこだわりを語っていただきます。リレーコラムですので、執筆者には次の方にバトンを渡していただきます。



Designer FILE 18

村上雅士(むらかみまさし):グラフィックデザイナー/アートディレクター。1982年神奈川生まれ。2006年東京藝術大学美術学部デザイン科卒業、2008年同大学院修了。2012年に㎡|emuniを共同設立。グラフィックデザインを主軸にブランディングデザインや広告などを手がける。主な仕事にキリンビバレッジ 90周年キリンレモンリブランディング、東京芸術祭アートディレクション、PARCO LAST SUMMER OFF、高木酒造 十四代Int’lパッケージなど。また、文字を主体にしたアートワークの作品制作、展覧会なども精力的に行う。東京TDC賞、JAGDA新人賞、CSデザイン賞準グランプリ、ONESHOW Gold、D&AD賞、NYADC賞など国内外で受賞多数。東京藝術大学非常勤講師。

●青いボトルと白い文字と波のシンボル

「ポカリスエット」は私とほぼ同い年で、40年の歴史のある飲料だ。

1980年に日本で最初のスポーツドリンクとして誕生し、私自身、物心ついた頃にCMがよく流れており、家でも学校の部活でもよく飲む、とても身近な飲料だった。

生活の中で当たり前に触れていた、青いボトルにゴシック体の文字で組まれた白い文字と波のシンボル。日本語のないポカリスエットのパッケージは、コカコーラと同様に海外発の製品だと思い込んでおり、英語でかっこいい商品だなくらいで特別な感情は抱いていなかったが、自分がデザイナーを志してからキャリアを重ねるにつれて、40年近く日常生活で触れてきたこの見慣れた商品が素晴らしいデザインであることにどんどん気付かされる。

店頭でも自動販売機でも遠目からも認識できる青と白のロゴ。余計なコピーや装飾がなく文字とロゴのみという極限までシンボルなパッケージ。これはビジュアルアイデンティティ・パッケージデザインの1つの完成形だと私は思う。


写真1:さまざまな種類のポカリスエットの商品群。(クリックで拡大)
 

●ヘルムート・シュミット氏の手法

このデザインを手掛けたのはドイツ国籍のグラフィックデザイナー、ヘルムート・シュミット氏(1942年-2018年)。シュミット氏は1966年に初めて来日し、以後ポカリスエットの大塚製薬や資生堂など、多くのブランドのビジュアルアイデンティティを手掛けてきた。

スポーツドリンクのイメージカラーといえば、今でこそポカリスエット、アクエリアスをはじめブルーが当たり前だが、1980年当時、アメリカ発の世界シェア1位のスポーツドリンク「ゲータレード」は緑を基調色としており、青いパッケージというのは飲料業界として避けられる色だったそうだ。そこに深い海を表すブルーを採用することで、今までの商品とは一線を画す性質の商品であることを明確に市場に表明したのではないだろうか。

また特徴的な白い波のラインはデザインの依頼の際の資料に入っていた、真水の吸収スピードの比較を表すグラフの曲線をそのまま象徴化したものとのこと。見た人が一瞬でグラフと認識することはできないと思うが、製品の機能そのものがシンボルになっているという根拠のある形こそが造形の必然性と、人々の健康に関わる飲料としての信頼感を感じさせる佇まいとなっている。

デザイナーの視点でポカリスエットを見て驚くのは、実はこのポカリスエットのロゴタイプ(文字)が商品によって異なっている点だ。発売当初からある250mlの細長い缶や500ml缶の場合、POCARI SWEATの文字同士の間がかなり開いている。しかし、ペットボトルなどは文字の間は詰まっている(写真1)。一般的にブランドロゴはまさにブランドの顔となるため、どの媒体・商品でも同じもの用いるのがセオリーだが、ポカリスエットは異なるロゴを商品によって用いている。

推測だが、異なる比率の商品に同じロゴを使用すると余白が目立つ商品も発生しまう。それを避けるために文字間をフレキシブルにし商品ごとに文字組みを調整することで周囲の余白の見え方を揃え、ロゴの同一性よりもパッケージ群の統一性を優先したのではないだろうか。

一見、イレギュラーに見えるこの手法も実際にそのロゴの違いに気づいている人はほとんどいないと思う。それは青いパッケージと白い波線というアイデンティティが日本中の人の中に根付いている証拠でもある。


●マーケティング主体のデザイン

現在、企業がパッケージデザインを作成・検討する時は、異なる方向性でデザインを複数作成し、消費者にアンケートを取り、その中で好感度の高いデザインを選択することが一般的である。消費者に合わせてデザインを選択していく手法なので、確実に好意的にマーケットに取り入れてもらえる反面、人は既視感のあるものに好意を抱きやすいため、当時のポカリスエットのように世にない革新的な商品というのは生まれにくくなっている。

シュミット氏はキャリアの中で大塚製薬の仕事を数多く手掛け、当時の社長と強固な信頼関係を築いており、短期的な市場のリアクションを求めず長期的な目線でブランドの成長を捉えていたため、このような革新的なデザインが受け入れられたのではないかと想像する。

マーケティング主体で作られる今の日本のクリエイティブとは異なるポカリスエットの手法には学ぶところが多い。最近のポカリスエットはCM・広告で話題になることが多いが、このシンボリックで明解なアイデンティティがあるからこそ、それをベースに自由な広告展開を可能にしているように感じる。

●キリンレモンのリブランディング


写真2:ブランディングされ新しくなったキリンレモン。(クリックで拡大)
 

私も同じ清涼飲料のキリンレモンの90周年リブランディングデザインを手掛けている(写真2)。ブランドロゴ、パッケージから広告デザインまで一貫して携わっているが、ブランドの在り方として市場に合わせてコロコロと変えるものではなく、ポカリスエットのように流行に惑わされず一貫していく姿勢こそが重要だと考えている。

キリンレモンのリブランディングでは90年前の発売当初の理念に回帰し、デザインでも近年の若年層向けの可愛らしいパッケージから、初代パッケージにも入っていた麒麟の聖獣マークを数十年振りにパッケージに戻した。まったく新しいアイデンティティを構築するのではなく、そのブランドの持っていた精神を取り戻すことがもっとも重要だと考えたからである。

時代の空気が数年で一変してしまう現代において、このポカリスエットのアイデンティティのような時を超える強度を持ったデザインは、これからさらに必要とされていくのではないだろうか。



次回は市東 基さんの予定です。
(2022年3
月10日更新)

 

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