●デザインの奥深さを教えてくれた存在
TY NANT(ティナント)ナチュラルミネラルウォーター。(クリックで拡大) |
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このデザインに出会ったのは、2002年のこと。
美大のデザイン科を受験するために毎日石膏デッサンに取り組んでいた私は、自分でも実際のところ何のためにデザインの道に進みたいのかよく分かっておらず、デザインの本や雑誌を読み漁っていました。
そんなときに、コンビニで見つけた雑誌Penのパッケージデザイン特集号(No.86)。表紙は、大好きなRaymond LoewyデザインのLUCKY STRIKEで(当時1916年と1942年の復刻版パッケージを持っていました)「こりゃあ買いの1冊やな……」と思っていたところ、それよりも私の心に刺さったのが、このミネラルウォーターの写真でした。
なっ、なんこれ!? ほんまに水みたいや!
流動的な水の感じが、そのままボトルになってるやん……!
これって普通にお店で売ってんの!?
めっちゃ欲しい、触ってみたい、そんで持ち歩きたい!
網点の荒い写真に、19才の私の心はさらわれました。
デザインの詳しいバックグラウンドを知ったのは、その後のことでした。TY NANTとはウェールズ語で「小川のそばの小屋」という意味で、イギリスのカンブリア山地奥深くに水源をもつミネラルウォーターだということ。このボトルをデザインしたRoss Lovegrove氏は、有機的な形状や自然曲線を取り入れるオーガニックデザイン(有機的なデザイン)の第一人者で、自然や生物が本来持っている仕組みや美しさなどからインスピレーションを得て造形を作り上げるデザイナーだということ。
彼ははじめに完成したボトルを手にしたときには「何も『無い』ように感じ、失敗したと思った」そうですが、水を注いだときに「いや、『無い』という感覚でなければならなかった。私は水に皮膚を与えたのだ」と感じたといいます。
ボトルの金型。(クリックで拡大) |
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デジタルパッドによるRoss Lovegrove氏の「水」のイメージの素描。(クリックで拡大) |
本来、定まった形はないはずの水。しかしこの透明なプラスチックでつくられた形の内側に水が充填されることで生まれる有機的な光の揺らぎや存在感は、流動的な水の美しさそのものでした。
けっして氷のような塊でなく、捉えやすい波紋の形でもなく、あくまでも水の流動的な「印象」を表現した立体。これが、商品として店頭で購入できるやなんて……。
そんなものを作る仕事がしたいと思ったのです。
●時代・年齢・言葉を超えて、瞬間的に届くもの
デザインをするとき、私はできるだけ「時代に左右されないもの」「人種や言語に依らず一瞬で理解されるもの」「老若男女誰でも楽しめるもの」を作りたいという思いが根底にあります。
私が2015年に制作した日本酒[錦鯉]は、有り難いことにたくさんの賞を受賞しました。特に海外での評価が高かったことは、これらの目標を持つ私にとって嬉しいことでした。
日本酒「錦鯉」。(クリックで拡大) |
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しかしながら……。このデザインは「錦鯉という紅白の模様を持つ観賞魚が、日本の伝統的な文化であること」を知る多くの人によって評価されましたが、TY NANTのボトルは、もしかすると、数百年後の世界で、地球の文化を知らない宇宙人にさえも「伝わる」デザインかもしれないと思うのです。
TY NANTは、今も私の目標です。
次回は居山浩二さんの予定です。
(2021年12月13日更新) |