●1本の直線で変わる世界
小学生の頃、月に一度の家族のささやかな楽しみとして、車に乗って外食に行くことがありました。食欲の後には勉強! という親の子育て戦略によって、帰りに大型の本屋さんに立ち寄り、家族それぞれ1冊ずつ本を買うという家族内キャンペーンの時期がありました。
そもそも本を読むのが苦手だった私は漫画以外に欲しい本は正直なかったのですが、漫画はダメというルールがあったのと、だからといって何も買ってもらわないのも損した気になってしまう貧乏根性で、少しでも楽しめて比較的文字が少ない、算数パズルや頭の体操系の本をチョイスするという作戦をとることにしていました。
それらの本に出てくる問題は幼少期に触れていたダジャレ系のなぞなぞとは違って、ちょっとしたこじつけや、現実を少し無視したような理屈を駆使して答えを導き出していくものが多く、特に専門的な知識も必要なかったので「答え」がとても新鮮でその面白さにすぐにはまってしまいました。
その中の初級の問題で「1本の直線を使って図の箱を開けなさい」という問題がありました(図1)。
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図1(クリックで拡大) |
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当時の私にはまったく答えが分からず、印刷された図の箱が1本の線だけで開くってどういうこと? と問題の意図自体も理解できませんでした。根気のない私はすぐに次ページにある答えを見てしまうのですが、解答を見てもピンとこず「なんでこれで開いてるってことになるんや?」と少し考えてしまいました(図2)。
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図2(クリックで拡大) |
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ようするに、線を足したことで「箱の内側の面が見える=箱が開いた」という理屈なのですが、その理屈に気がついた時に、答えがとてもシンプルなことに驚いたのと、それよりも今まで本の1ページの中の、紙の上に印刷された図としての箱、ペラペラの2次元の世界としてしか見えていなかったものが、たった1本の線の登場で手前と奥が急に現れて3次元の世界として空間を持って立ち上がったように見えたことにとても興奮してしまいました。
思い返せば、その時までに接していた印刷物の中にも文字やモチーフを立体的に表現しているものはたくさんあったはずです。それが問題となり、自分で解いてみようと考えたおかげで(解けずに答えを見たものの)、とても心に引っかかり、閉じていた箱がパッと開いた(ように見えた)という展開が相まって、私の目や脳に神秘的に映ったのだと思います。
●「気づき」でワクワク
こういう体験を私はデザイン的だなと思っていて、その中でも特に線をたった1本加えることで次元を変えられるような「気づき」をグラフィックのワクワクするポイントとして感じているようです。
子どもだった私が今では父親になって息子と一緒に絵本を読むのですが、その中に安野光雅さんの絵本も多くあります。私が幼少の頃から安野さんの絵本はよく目にはしていましたが、大人になって改めて読むといろいろな発見があります。数学を題材にされた本や2次元と3次元を行ったり来たりするような作品もたくさん執筆されており、自分の方が子どもより夢中でそれらを読んでいます。
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安野光雅さんの絵本「ふしぎなえ」(福音館書店刊)の表紙。(クリックで拡大)
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「ふしぎなえ」より。(クリックで拡大) |
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同じく「ふしぎなえ」より。(クリックで拡大) |
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同じく「ふしぎなえ」より。(クリックで拡大) |
息子は今はまだアンパンが活躍する別の絵本が大好きなようですが、徐々に私の子育て戦略によって「気づき」の世界を開いてもらおうかなと、こちらも勝手に企てているところです。
次回は増永明子さんの予定です。
(2021年7月16日更新) |