アイデアが降りてくるとき、人は「ふと」という言葉を使います。私も何度も経験していますが、確かに自分の内側から出てくるというよりも、それはあまりにも突如として現れるので、まるで神の仕業のように思えてしまいます。
●「ふと」は、表現の原石?
こちらはシカゴにあるコンビニエンスストアで毎日生み出されているという、オーナーThomas Kongの表現。段ボールやお菓子のパッケージや包装紙などお店で余ったものを使い、コラージュしています。
Thomas Kongのコラージュ。(クリックで拡大) |
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「ふと、汚れて寂しく見えた店内の棚に、写真の切り抜きを貼ってみた」。それがきっかけとなり、今では店内にギャラリースペースを設けているそうです。人がなんらかの可能性と結びつく接点は、このように、素朴に出現することを教えてくれています。
この「ふと」が表現の原石みたいなものだと思うのです。
Thomas Kongのコラージュ。(クリックで拡大) |
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佐藤修悦にも同じような物語があります。彼はJR新宿駅の警備員として勤務。改修工事で複雑になった現場で道に迷ったお客さんからの多くの質問を受け、ガムテープで文字を作り出したことによって解決を探ったそうです。
そうして生まれたのがこの「修悦体」。彼が作り出すそのユニークな書体が特にグラフィックデザイナーを中心に注目を受けることになりました。書体作りのルールが独創的です。
実際に使用された佐藤修悦の「修悦体」の一例。(クリックで拡大) |
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●「安心安全」より「ふと」を信じよう
「グラフィックデザイン」は、数値や言葉や感情や思惑などなど、あらゆる情報を揃え、それを視覚化して伝えるという、なかなか素晴らしい技能だと思っています。そして技術面において(特にレイアウトやタイポグラフィを扱う際に)、「揃える・整える」という作法がわれわれの身体に染み込んでいます。
ここで少し立ち止まっておきたいのですが、一度誰かの「安心安全」なセオリーやルールを覚えてしまうと、自身で再考することがなくなり、無難なものが多くできあがっていき、特異なものがなくなっていきます。
多く出版されるデザインのHow To本がもしかしたら文化をダメにしてしまう可能性もあるかもしれません(少し大げさかもしれませんが)。
最初は怖いかもしれませんが、やはり勇気を出して独自のルールを生み出すことが大切です。日常生活の中にも潜んでいるその「安心安全」は一度見直してみてもよいかもしれませんね。
話を戻しますが、前述したお2人は美術教育を受けておらず、ルールやセオリーもお構いなく、「ふと」思ったことをすぐ行動に移しました。
そういったところも、われわれをハッとさせてくれる要因につながっています。変な話ですが、美術教育を受けることで失われてしまうこともあるのかもしれないなと、教える立場にある現在、内省しながらこの文章を記しています。
先人たちが残した技や思想に、崇高な領域は確かにあります。でもきっかけはなんだっていいし、崇高でなきゃいけないわけでもない。人類は本当はみんな表現者なんだと思います。
●参考文献
「Be Happy Thomas Kong」Published by Curtain
http://www.curtain.cc/be-happy
「ガムテープで文字を書こう」Published by 世界文化社
https://www.sekaibunka.com/book/exec/cs/09205.html
次回は白本由佳さんの予定です。
(2021年5月24日更新)
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