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神が潜むデザイン


第2回:小村雪岱『斧琴菊』/ミルキィ・イソベ


「神は細部に宿る」と言いますが、新連載となる本コラムでは、デザイナーがこれまでに「神」を感じた作品を紹介していただくとともに、ご自身のこだわりを語っていただきます。リレーコラムですので、執筆者には次の方にバトンを渡していただきます。



Designer FILE 02

ミルキィ・イソベ:東京生まれ。東京都立大学人文学部心理学科卒業。ペヨトル工房にて『夜想』『WAVE』など出版物の編集・デザイン、1993年~1998年、雑誌『文藝』のアートディレクション、1996年~2013年、ポケモンカードゲームのマスターデザイン。2000年ステュディオ・パラボリカ設立、出版やってます、ギャラリー運営も。
http://www.yaso-peyotl.com/
https://www.facebook.com/milky.isobe


●小村雪岱の装幀

鋳物工場はその近くにまだあるだろうか。川口にある広い撮影スタジオに、貴重な装幀本が運び込まれ、私を待っていた。弥生美術館の図録のための撮影で、1990年のことである。当時学芸員だった加門七海さんがまだ駆け出しの私に声を掛けてくださったのだ。

明治・大正から戦後まもなくのものまで、弥生美術館らしい、耽美で美麗な書物や雑誌、楽譜をこの手で触れることができる。なんて贅沢で幸せな仕事だろう。

どのように撮影するかは事前に打ち合わせが済んでいるのだが、本は立体物であり、書物を開けば、空間が変移していく。撮影の段になって現物を見ればプラン変更なども当然起こる。200冊ほどあったろう、それぞれの本ならではの佇まいを引き出すために本を開いたり(本を傷めないよう、とっても緊張する怖い作業であるけれど、これが至福の時なのだ)カバーを外したりと、えんえんと作業を続けていた。

心臓が高鳴るとは、こういうことか……。本を手にしてこんな状態になったのは、最初で最後だと今でも思う。それが、『斧琴菊』という本だった。『斧琴菊(よきこときく)』、泉鏡花の著書である。〈装釘家〉は小村雪岱。

私に、装幀という仕事をやりたい! と本気にさせたのは、この時この本なのである。

『斧琴菊』は、鮮やかな青と艶やかな赤の、花鳥舞う歌舞伎の姫、夢の“宝物”そのものの本であった。私のデザインは、当時、インダストリアルだけれどややロマンティックな雰囲気を醸しだす仕事が多く、どちらかと言えばタイポグラフィを基本に据えたデザインだった。『斧琴菊』はそんな自分には、宗教的なものがもつ尊厳に近いなにものかとして降臨したのであった。うっとりなどではなく、ガツンと打たれてしまったのだ。

こうして、その日、私はにわか雪岱ファンになる。

今でこそ展覧会も多く開催され、作品集や言及した書物が出ているが、当時は雪岱関連の本は少なく、入手できると食い入るように見たものだ。だから今でも、挿絵のほとんどを思い浮かべることができる。

『斧琴菊』ともう1点、鏡花の『日本橋』。雪岱装幀による最初の鏡花本である。大川(隅田川)に白とグレーの倉が並ぶシャープでモダン、かつ、しっかり江戸の趣のあるという洒落たデザインでありながら、読者を突き放さない。雪岱の装幀は、表紙だけでなく見返しから扉にいたるまで絵が施されているので、本を開けば、またそこで、ぐいと掴まれ、作品世界へひきずり込まれるのだ。見事である。


『斧琴菊』(写真上)、『日本橋』(写真右)(弥生美術館、1990刊)の図録より。ともに開いた状態で、左側が表紙。(クリックで拡大)

『日本橋』。(クリックで拡大)


●雪岱の意匠、挿絵

雪岱のデザイン(あえて言います、デザインと)は、和の意匠と西欧のモダンでロマンティックな香りとが絶妙なバランスで存在している。

雪岱の時代、デザインは図案と言われていた。彼は資生堂の意匠部で5年ほど仕事をし、まさに図案的な数々の名作、例えば今も続く資生堂のロゴや資生堂書体ともいうべきタイポグラフィを手掛けたが、それは、鏡花との最初の装幀の仕事である『日本橋』から4年も後(のち)のことである。歌舞伎の舞台絵を手がけることになる雪岱独特の空間表現は、すでに『日本橋』に見ることができる。

鏡花が39年に亡くなり、翌40年ワーカホリックの雪岱は脳溢血で亡くなる。集まりの席で皆が飲んだくれ喋りまくっている中、ひとり〆切の絵を描いていたという人だ。『斧琴菊』は1934年、いわば晩年の仕事で、1914年の『日本橋』から20年を経て、グラフィックとしてだけでなく書名のタイポグラフィも完成度が高い。その間、ずっと鏡花の著作をてがけてきたのだから、私にとっては、鏡花本はすなわち雪岱本でもある。

この華麗な意匠の一連の装幀とはある意味真反対な作品群が挿絵の仕事である。私がぞっこんになってしまったのは、そのモノクロの線描だ。同時代の画家で雪岱に惚れ込んでいた鏑木清方は、「雪岱は、しめやかに降る雨や、黒塀や竹などに情趣を表現する」と『柳小紋』に書いている(このエッセイ集もお薦め本である)。

直線的で繊細な描線、硬質なのに、しっとりした空気を感じさせる。ここが画風的に近いとされている浮世絵師・鈴木春信との大きな違いでもある。特に挿絵の「おせん」「お伝地獄」は秀逸で、その優れた空間構成は、これからデザインの道を進もうとするならば、学ぶものが多々あると思う。


おせん「傘」(版画) よく似た絵柄が「おせん」の挿絵にあるのだが、この絵柄に関しては、版画の作品のほうが優れている。(クリックで拡大)


●私の仕事から

よく目をこらさないと見えてこない、光の相が大好きです。『化物語プロダクションノート キャラクター篇』と『谷崎潤一郎全集』は、和のイメージですね。雪岱とはまったく別物ですが、こうした和の意匠を多く手がけてきたその大元には、『斧琴菊』があると思います。


『化物語プロダクションノート キャラクター篇』(シャフト)。白に透明。(クリックで拡大)

(クリックで拡大)


『谷崎潤一郎全集』全26巻(中央公論新社)。赤に赤。(クリックで拡大)


『劇場版魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語 プロダクションノート』(シャフト)。黒に黒。(クリックで拡大)

(クリックで拡大)


『Fate/EXTRA Last Encore ― Ending Illustration Book』(シャフト)。銀に銀。(クリックで拡大)

(クリックで拡大)





次回は中垣信夫さんの予定です。
(2020年5月20
日更新)

 

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