●リチャード・ハミルトンによる真っ白なジャケット
「神が潜むデザイン」というのは言い過ぎ感があるけど、最初に感動したデザインということでいえば、大学1年の終わりごろ、東大紛争で安田講堂籠城が解除されてすぐに発売されたビートルズの日本盤「ザ・ビートルズ」(以下「ホワイト・アルバム」)かな。
当時のぼくは、映画と音楽とファッションと本が大好きだった。今と違って娯楽があまりなかったからね(今もそれらへの関心はもちろん続いているけど)。将来グラフィックデザイナーになるなんて1ミリも考えていなかった。学生運動の時代だったので、先のことなんか考える状況じゃなかったからね。それでも、杉浦康平さんが4号からデザインを担当した雑誌『パイデイア』をカッコいいと思った。デザインにたいする興味が少しはあったんだろうね(写真1)。
写真1:『季刊パイデイア』5号(1969年春)。杉浦康平さんがデザインした2色の表紙。(クリックで拡大) |
|
|
そんなときに発売された「ホワイト・アルバム」、ありえないデザインだと思った。真っ白で、ポップミュージックの王者としての自負か、なにしろバンド名が小さく(バンド名がアルバムタイトルと同じだとは思わなかった)、しかも空押しのエンボス加工、ナンバリング入り。ストイックでカッコいいと思った(写真2)。
写真2:筆者所有の「ホワイト・アルバム」。もう50年も経って激しく経年変化している。(クリックで拡大) |
|
|
デザインは、ポップアーティストとして知られていたリチャード・ハミルトン。その前のビートルズのアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」がごちゃごちゃしていたから今度はいっそ白地にしたらと提案し、ポール・マッカートニー(以下ポール)が賛成した。ジャケットデザインは基本的にポールの主導だ。加えてハミルトンは、アルバムタイトルを、いっそバンド名そのままの「ザ・ビートルズ」にしたらと提案、これも受け入れられた。
たしかにごちゃごちゃしたデザインの次に超シンプルがくる、というのは予想に反してインパクトがあったけど、「サージェント・ペパーズ~」のコラージュが、ハミルトンを一躍有名にした1956年制作の、自分のフェイバリットばかり集めたようなコラージュ作品〈一体何が今日の家庭をこれほどに変え、魅力あるものにしているのか〉(写真3)にイメージがなんとなく似ていて、ハミルトンは今度のアルバムでは、意地でもコラージュだけはやるもんか、と思ったのかもしれない。だから真逆のデザインを提案したんじゃないかな、憶測だけど。だからといって限りなく思い切りのいいデザインはすばらしいね。
写真3:ハミルトン「一体何が今日の家庭をこれほどに変え、魅力あるものにしているのか」(1956年)。(クリックで拡大) |
|
|
ちなみに、このアルバムが発売されてすぐに、サイモン&ガーファンクルのベスト盤が完全に両面とも真っ白で発売された(写真4)。大きい書体の「SIMON & GARFUNKEL’S GREATEST HITS / SIMON & GARFUNKEL」が空押しのエンボスで紙面いっぱいに押され、明らかに「ホワイト・アルバム」を意識しているように見えた(エディションナンバー入りというウィットはなかったけど)。
これは日本編集盤だから発売元のCBSソニーが勝手に「ホワイト・アルバム」のデザインを真似たのだと思う。すぐ真似られるなんて、「ホワイト・アルバム」がそれだけインパクトがあった、ということだよね。
写真4:サイモン&ガーファンクル「SIMON & GARFUNKEL’S GREATEST HITS / SIMON & GARFUNKEL」ジャケット。(クリックで拡大) |
|
|
●経年変化の場としての白
実は、ハミルトンは、ナンバリングが施されただけのカバーを望んでいたらしい。ナンバリングしかなければ、アーティストとファンの絆はもっと強くなる、と考えていたようだ。だから店頭で「The BEATLES」の文字入りのジャケットを見てショックを受けたそうだ。どうやらレコード会社が勝手に入れたんだね。ということは、ハミルトンはデザインの方向性を決めただけで、あとはよろしく、っていう感じだったんじゃないかな。それじゃ、怒る権利はないな。
でも勝手に入れたといはいえ、文字の大きさといい、絶妙なサイズ、絶妙な角度、絶妙な場所に入れるなどかなりのデザイン的な配慮がなされていて感動する。ジャケットの指定紙が残っているけど、厳密な指定が入っていた。おそらく、レコード会社のハウスデザイナーの仕事だと思うけど、残念ながら名前は不明だ。
そのアルバム名の空押しのすばらしさは、経年変化したジャケットをみればよく分かる。全面に画像が印刷されているレコード盤は、時が経つとただ古くなった印象がするけど、白地のものは、白いコート紙がやや黄ばみ、レコード盤の円とタイトルが汚れで少し浮き上がり、くっきりする。もとはまっさらの白だったことを強調するかのように。そう、時が経っても「白」を常に思い起こさせるデザインだったんだ。
もし、タイトル文字がなかったら、ナンバリングはされているけど単なる汚れたパッケージ、ということになりかねないね。
ハミルトンもポールも、「ホワイト・アルバム」の白を単なる白ではなく、何かで満たされる場としての白、そこに勝手にさまざまなことを思い描ける白であることを望んだ。そういえば、江戸時代の画家も余白は想像力で補えと言っていたな。
そのために、コーヒーカップの染みをつけたり、リンゴを落とした痕などの具体的な汚れを印刷で入れる案も出た。しかし、この微妙な印刷は世界発売になったとき再現できないだろうとボツになった。
もちろん、こんな案は蛇足だからボツってよかった。経年変化がそれらを実現してくれたから。本のデザインでも経年変化は重要だけど、このアルバムは経年変化まで視野に入れていた気がする。
●「ホワイト・アルバム」から広がるデザイン
ぼくは、デザイナーになってからも「ホワイト・アルバム」を音楽とともに楽しんできた。デザインが少しも古びていないことにも感動した。そこでナンバリング入り、真っ白で超シンプル、あるいは、「白」も含めた、特定の色を連想させるデザインを機会があれば手掛けてみたいと思った。
ナンバリング入りは1冊手掛けた。製本所で、白いカバーに1,000部ちょっとのナンバリングをゴム印で自分で押した。「ホワイト・アルバム」のような機械式のナンバリングだと数字が大きすぎて本のサイズとのバランスが悪かったからゴム印にした。うまく押せたものとそうでないものがあり、それも味となった(写真5)。
写真5:全体に白く、ナンバリングが施された『MINERALIUM INDEX』(米沢敬著、牛若丸出版、1996年)。右下にナンバリング「0026」が見える。(クリックで拡大) |
|
|
特定の色で全面を覆うデザインも試みた(写真6)。本の天地、小口もすべて同色にした。これで本の物質感はより強調された。経年変化にも耐えられる。本の天地、小口を同色で塗るのは(コストの問題で)そうそうできないが、ほかのコストを切り詰めればなんとかできると思う。
写真6:天地小口の三方も含めて本全体をオレンジに統一した『ZERRO』(松田行正著、牛若丸出版、2003年)。(クリックで拡大) |
|
|
ともかく、「ホワイト・アルバム」的発想のデザインは何度でもやってみたいと思う。やはりデザインしていない風のデザインがなんとも魅力だからね。
次回はミルキィ・イソベさんの予定です。
(2020年4月3日更新) |