Digital Tools
●イメージを実現するためのツールとワークフロー
−−銀塩の頃は4×5をメインで使われていて、デジタルになってからはまず600万画素の3シャッター式のカメラをお使いになっていらした。初めての実用的なデジタルカメラは何でしたか。
酒匂:バレオの11ですね。悩んだ末にそうなったんです。いろいろ借りてきて写真を撮って現像して、Photoshopで200%、100%で見てみて、どの画質が一番きれいかとなったときにバレオが一番でした。そこで、画素数じゃなくて画質なんだということに気がついたんです。画素数がどんなに高くても画質が悪かったらどうしようもないんですよ。
−−当時のバレオの画素数はどれぐらいでしたか。
酒匂:1,100万画素です。その後に22になって2,200万画素。そればかり使っていますね。今ジャムスタジオでは35mmタイプもいっぱいあるんです。通販カタログなどはすべて35mmタイプで撮っています。そんなに画素数があっても意味がないので。でも僕の担当する仕事はほとんど合成が絡んでいるので、今でもバレオ(現在はアプタス)を使っています。
−−フェーズワンはあまり使っていないんですか。
酒匂:フェーズワンも候補に挙がったんですけどね、比べたときにどうしてもバレオのほうが気に入っちゃったんですよ。
−−ワークフローですが、もう少し詳しくご説明いただけますか。例えば水しぶきのイメージは、酒匂さんの写真の特徴の1つですよね。
酒匂:これは全部合成で作ってるんですよ。まずパプリカを用意して、角度を決めてパプリカを撮ります。そうすると、そのパプリカのイメージが頭に入るので今度は水を撮っていきます。水を撮るときはものすごくアナログなんですよ。水を投げて撮るだけなんです。200回、300回と水を投げるんです。水はいろいろな投げ方をすると、いろいろなラインができるんですね。そこからパプリカの形になるものを選びます。コップを逆さに水に沈めてひっくり返したり、水の表情のいろいろな出し方もずいぶん覚えました。
−−気に入ったカーブが出ている水の写真をレイヤーで重ねていって、1つのイメージにしていくのですか。
酒匂:そう。ほとんど描いているようなものですよね。1回の水じゃ全然無理ですから、フィルムの時代ではできないことなんですよ。今、デジタルだからできるのであって、今「フィルムで撮れ」と言われたら「ごめんなさい」と言うしかないですよね。
−−水もすごく自然につながっていますよね。全然合成っぽくないというか。
酒匂:それを選ぶんですよね。選んで、こことここが合わなかったら捨てて、次を選んで。だから、レタッチャーは根性と根気と集中力。この3つがないとできない。
−−1枚の写真を完成させるのにどのくらいの時間がかかるんですか。
酒匂:この果物のシリーズは4点を完成させるのに、直しも含めて2週間くらいです。最初の一発目を作るときには4、5日だったかな。形を作って、そこから直しになりますね。
−−ちなみに水をまく人はアシスタントの方などですか(笑)。
酒匂:ええ。これも息が合わないとダメなんです。「いちにのさん」の掛け声のタイミングによっても変わってくるので。よくアシスタントに「酒匂さん、デジタルなんだけどアナログですよね」とか言われますけど、本当にアナログなんですよ。
−−そうして何枚も撮ったデータをPhotoshop上で編集される。現像はどの段階でされるんですか。
酒匂:まずRAWデータをBridgeで見て星をつけます。その後バレオ専用の現像ソフトでTIFFに落として、その中からまた選んでいきます。
−−それでPhotoshopにいくのですね。
酒匂:そうです。でも、こういう水の場合はほとんど彩度を落としちゃうので。モノクロでいいんですよ。なのでRAWからそのまま開くこともあります。カメラRAWでバッと開いて、もうモノクロってしてね。元の素材がJPEGの場合もありますけどね。
−−それで、Photoshop上でイメージを作っていって納品ですね。フィルム時代に比べて、生産性は上がりましたか。
酒匂:というより、イメージどおりの写真が作れるようになりましたね。その代わり拘束時間たるやデザイナー並みです(笑)。それと撮影時、フィルムで撮るときは例えば小さなホコリでも気にしなければいけなかった。デジタルになってからは特に合成前提の素材撮影などはそれほど気にならなくなりました。例えば、レフ板が写っていようと関係ないんです。消せばいいから。無駄なところに努力しなくなりましたね。だからそういう意味では早くはなりました。そこは効率がすごくよくなったところですね。
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▲「東急百貨店ポスター(2011年)」。A&P:東急エージェンシー+アームズ・デザイン、CD:野呂好昭/渡辺光広、AD:酒井幸子/吉村全弘、D:岡田由紀子、C:並里司
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▲水を合成して作ったトマトとパプリカの制作途中のビジュアル
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●Adobe Photoshopの具体的活用法
−−Photoshopを初めてお使いになったときのことは覚えていますか?
酒匂:衝撃的でしたね。3日間寝なかったですもん、本当に。面白くて。スーパーマリオブラザーズをやったときですらそんなにならなかったのに。ちょうど金曜日の夜から月曜日の朝ぐらいまでやっていたかな。いろいろと、これはなんだ、あれはなんだと。まあ少しは寝ましたけど(笑)。
−−それだけ触っていれば、マニュアルを見なくても何ができるか、だいたいの機能は把握できますよね。
酒匂:そうですね。でも使わないツールもけっこうあるんですよね。今でも使わないツールは使うツールよりもありますよ。
−−具体的には何を主に使われるのですか。
酒匂:一番使うのはブラシとパス。自動ツールでいえば歪みとか。あとはワープ。拡大縮小、その辺りです。フィルターですと、ガウスのぼかしを使ったり、レイヤーでオーバーレイなどを駆使します。やはり一番使うのはブラシかな。
−−それ以外の機能はあまり使いませんか。
酒匂:使ったことないツールもたくさんあります。ただ、それは写真のレタッチや合成という仕事で使ったことがないだけです。遊びでは「どうなのこれ」とか言いながらいろいろ使っています。レタッチなどではパターンもあまり使わないですね。
−−なるほど。
酒匂:で、まずレイヤーがあるバージョンから始めたから入りやすかったんだと思うんですけど、レイヤーがなかったら大変でしたよね。ヒストリー入れているときは涙が出ましたもん。たえず保存しなきゃいけなくて。いっぱいになったら別名でもう1個やって、ここまで統合して別名で重ねていくとかしていて。相当大変でしたね。
Photoshopに出合ったときに一番衝撃的だったのは、自分が今までフィルムでやってきた合成作業がこんなに手軽にできるんだってことです。切り抜き、ボカしが自在ですからね。写真を撮れば、あとはPhotoshop上ですべて処理できます。
−−酒匂さん独特のクリアなイメージがあると思います。撮影のときからそういうイメージを固めているんですか。
酒匂:カメラマンはみんなそうだと思うんですけど、自分の世界をなんとなく持っているんですね。ですからジャムスタジオ内でも、水と合成モノの写真は全部僕に回ってきますね。普通のオペレーターですと切り抜いて合わせるくらいですが、僕の場合はブラシを使って描いてという作業も行いますので。
−−酒匂さんはCS4、5は飛ばしてCS3からCS6にバージョンアップですね。CS6を使われてどうですか。
酒匂:CS6で一番嬉しかったのはボカシです。合成するにあたってピントが合っているということが前提にあるんです。パスを切るにしてもそう、ピントの合っている画像を合わせていって、最後に合成したときに、距離感を出すのにぼかすわけです。そうすると、今までは選択範囲をマスクで切って、ガウスでぼかして、そしたらまたそこからちょっと広めの範囲を段階的に動かしていかないと、きれいなグラデーションができなかったんです。それがCS6になって一発でポンとできる。これが一番と思いましたね。
あとは「コンテンツに応じた移動」も使ってみました。ケーキを撮って、中心からちょっとずれてるなというとき、適用しました。背景にもよりますけどね。背景が単調であればそのままでOKです。そこが助かるなあと。
−−移動した後もかなり自然ですよね。
酒匂:ただCS6全体で思ったのが、やはり進歩した電動カンナなんですね。細かく削れるようになったんだけど、最終的な仕上げにはやっぱり人間が削らないとダメなんだなという感じです。でも最後の仕上げまでに持っていくためのプロセスが近くなっているのは確かですね。
−−例えば先ほどの「コンテンツに応じた移動」はずらした後の背景は完璧でしたか。
酒匂:完璧なときもあります。まったく同じ白地で撮っていれば完璧になる。グラデーションもね。だけどそこに少しだけグリーンなどが交じっていると修正の手作業が必要になります。でもそれにしたって、前だったら一度抜かなければいけなかったわけで、かなり楽です。
あと、みんなが泣いて喜んでいたのがバックアップの保存。それと、歪みの修正が早いです。
−−Mercury Graphics Engine搭載の効果ですね。
酒匂:演算はしょうがないにしても、作業がすごく早くてあれもびっくりしました。それから切り抜きのツールとかも角度がね。それまでものさしツールとかでやってたんですけど、あれが一発でできる。あとは広角フィルター。僕はCS3を使っていたから広角フィルターじゃなくてレンズ補正なんですよ。だからこんな便利な機能をなんでいままで使わなかったんだろうと思いました(笑)。
僕はよく缶などをアオリや俯瞰で撮ります。そのときに、35ミリの魚眼で撮ればパースがつくのですが35ミリだとどうしても解像度が足りない。そこでバレオの3600を使うと、今度は90ミリで撮ってもパースがつかないんです。なので後からパースをつける。そのときに便利ですね。
ただレンズ情報が入ってないと一手間ありますね。バレオの場合は、全然情報がないんです。例えば機械的に全部シャッターからすべてがプログラム上でできれば入るんだと思います。
−−それは保存できます。
酒匂:でもトヨにレンズを付けてシャッターを切ってもダメなんですよね。だから手作業でカスタムでやらなきゃいけない。でもカスタムできるから別にいいかなって。
あとはブラシが5,000ピクセルまで大きくなるのが嬉しかったですね。だんだん大きくなってますからね。
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▲「Photoshop CS6を使ったビジュアルの制作。新機能も使用しましたが、出来上がりは以前のCS3、CS5と変わりなく作れたと思います。作業効率は確実にアップしました。
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●これからのカメラマンに求められるもの
−−デジタル時代になって、一般の人たちのクオリティの高い写真が溢れています。今後カメラマンは何をすべきだとお考えですか。
酒匂:正直写真は誰でも撮れる時代になりました。少し知識があれば本当に誰でも良い写真が撮れる。ではカメラマンには何が必要かと言われたら「目」ですよね。どう見るかということが一番大切なんです。この被写体をどう見るか、どう表現しようか。
要は、鉛筆のようにカメラは誰にでも使えるものになった。でも上手い下手はありますよね。誰にでも使える道具を使いこなすには、やはり1つ進んだものを表現していかないと生き残れないと思います。
Photoshopにしても、勉強すれば誰でも使えるんですけど、使い方が大切なんですよ。Photoshopをどう使って、何を作っていくか。目で見て、いい悪い、きれい汚いを判断していかないといけないん。アマチュアとプロのカメラやソフトが同じであっても、何が違うといったら「目」が違うんですね。考えていること、感性、目が違う。
−−つまり、表現者、個人に帰っていくわけですね。
酒匂:そうです、そうです。人間にならないとダメなんですよ。
勉強はできても社会生活ができないのと一緒ですよね。こういうツールの名前だのなんだのハードのことは、勉強すれば誰でも分かります。でも、使いこなすのは人間です。ミリ単位、ミクロ単位で少しずつ削っていく作業とかは自分次第。同じものは作れないんですよね。
−−やはりディテールに対するこだわり方はプロとして絶対必要なんですね。
酒匂:そうですね。どれだけ集中力があってどれだけ楽しめるかというか。人が驚くのって楽しいんですね。で、逆に驚かないのも楽しいんですよ。
リアルな写真のようなすごい合成写真を作っても、見る人はそれが当たり前の普通の写真だと思うからふーんで終わるんですよ。それは僕らの勝ちなんです。制作側だけバンザイバンザイと言って、見る人は多分ふーんっていう(笑)。
だから自然を作るのか、本当にあり得ない世界を作るのか、その2パターンですよね。それもやはり感性や「目」の勝負なんですよね。
−−レタッチや合成スキルもカメラマンには必要ですか?
酒匂:カメラマンもこれから先いろいろな広告とかに関わってくるのであれば、どうしても合成作業が必要になってくるんですよね。どんなポスターをどんなに撮ってもやっぱり合成はしなくちゃいけない。それが前提になっているということは、それを知らないと撮り方が分からないんです。で、逆にいえばやり方、撮り方が分かっている人に仕事は回っていくんです。そこを考えれば、知らないじゃ済まないよってことになっちゃうわけですね。上にいきたければ勉強をもっとしなきゃいけない、楽しむしかないということなんです。
−−酒匂さんはご自分でフォトグラファーもレタッチャーもやりますけども、業界的には分業化されている部分がありますね。カメラマンとレタッチャーとAD。そのチームで行うワークフローと、自分で全部仕上げていくようなワークフローと、どちらが主流になるのでしょうか。
酒匂:これからは分業はしないといけないと思うんです。僕が撮って僕がやると僕でしかできないものしかできないので、本当はそんなことをしないほうがいいんですね。版画を彫る人と版画を刷る人は違ったほうがいい。その上で必要なのはレベルですよね。
カメラマンにレベルがあるようにレタッチャーにもレベルがあります。言われたことを言われたとおりにするのはすごく当たり前のことですね。それはカメラマンもそうで、言われた以上のものを撮ればいいわけですね。そうすると上手いカメラマンであり、上手いレタッチャーになるわけです。
要は、かゆいところに手が届いてさらに薬まで塗ってくれれば、もっともっと上に上がれるんです。レタッチャーもそうならないと、仕事がうまい具合にかみ合わないんです。片方のレベルが高くてももう一方のレベルが低かったら、まるで違うものができる。だからカメラマンとレタッチャーのレベルは合っていないと多分いいものはできない。そういった意味では自分で撮って自分でレタッチすればレベルは一緒なのですが、方向性がだいたい同じになっちゃいますね。
−−レタッチャーが写真素材をより生かしてくれれば、よりハッピーになれるということですね。
酒匂:レタッチャーももっともっと自分で作品を作らなきゃダメですよね。自分はどんなものができるんだ、どんなものが得意だというのを自分なりに作って世の中にアピールしていかないとダメですね。
−−今はオペレーターに近い感覚もありますけど。
酒匂:オペレーターになっちゃいけないんですね。僕はオペレーターという言葉はあんまり好きじゃないんですよ、ロボットみたいで。パス切り1つにしても、上手い下手があると同じで、やっぱり上手くならなきゃ生き残れないんですよね。
−−今後ソフトウェアに望みたい機能などはありますか。
酒匂:Lightroomに歪み補正機能が入ったらいいなと思いますね。あと、自動パスがもっと正確にならないかとか、自動選択ツールがもっと細かくできないかとか。より精度を高めていただきたいですね。そうなれば、髪の毛を切り抜くのも、もっと楽になると思うんですよ。
要は結局、一番大変なのはパスを切る作業なんで、それが簡素化されればものすごく楽だと思うんです。白とグレーの差がどこまで詰められるのかというのは現場で求められていますね。例えば白い服を着てグレーのバックで撮ったりしたときに、どうしても境界が馴染んでしまいます。それがパッとできれば本当に完璧ですよね。ピントが合っていることが前提でもいいんです、ボカしは後でできるわけですから。
髪の毛なんとかならねえかなあって、多分みんな思っているでしょうね(笑)。髪の毛は昔から永遠のテーマです。二階調化がものすごくきれいになるとか。無駄なところは全部切ってしまうとか、何%以外のところはスポッと抜けるとかになればだいぶ楽になると思います。
−−ありがとうございました。
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